わからない行方

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わからない行方

 チーズ、誰か食べちゃったのかな?  朝、出かける前に冷蔵庫の中身を確かめたけど、その時は確かにあったんだけどな……。  そう思ってわたしは、共用スペースにいるコズエちゃんに訊いてみた。 「コズエちゃん、チーズ食べちゃったー?」 「え、何の話?」 「冷蔵庫にずっとあったおっきなチーズー」 「昨日訊いてた分? 私は知らないよ。誰か持ってったんじゃないの」 「ってことはミカちゃんー?」  コズエちゃんは目を伏せて、頭をゆっくり振った。コズエちゃんは黒髪ボブのきりっとした美人さんだから、こんな感じのお顔がとってもさまになるなあ。 「美佳は今忙しそうだから、そっとしといたほうがいいと思うよ」 「ちょっと訊いてみるだけでもだめ―?」 「そうね、あとでいくらでも時間はあると思うし」  ちょうどそのとき、ミカちゃんが部屋から出てきた。ちょっと茶色がかったロングヘア―を揺らしながら、なんだか嬉しそうに笑ってる。 「ねえミカちゃんー」  呼ぶと、ミカちゃんはわたしの方を向いた。  あれ、ミカちゃんなんだかちょっとびっくりしてる? 気のせいかもしれないけど。 「瞳子、帰ってたのか」 「今帰ったとこ―。ところでねミカちゃん、訊きたいことがあるの―」  やっぱりミカちゃん、いまちょっとびくっとした気がする……。 「なんだ?」 「チーズ知らないー? 冷蔵庫にずっとあった、あのおっきなやつー」 「知らねえよ」  すごい即答。  わたしが終わらないうちに、もう「知らねえ」って言い始めてたよミカちゃん。 「ほんとにー?」 「本当だっての」 「ほんとのほんとにー?」 「嘘つく理由がねえだろ。一人であんだけ食べきれねえし」  うーん、それはそうかもしれない。チーズ、そこそこおっきかったし。  でもなんだか違和感。ミカちゃん、ほんとに何も隠してない? 「何じろじろ見てんだよ瞳子。別に何もねえよ……つか、あれ彩音のなんだから、彩音に訊いた方が確実だろ」 「それはー、そうだけどー」  言いかけたとき、玄関が開く音がした。  ただいまー、という声と共に、アヤネちゃんが共用スペースに入ってくる。提げたエコバッグにはお酒の瓶がいっぱい入ってて、なんというかいつもどおり、すごい。アヤネちゃん、普段は黒髪セミロングのおとなしそうな見た目だけど、お酒飲んだらすごく賑やかになるんだって。自分でそう言ってるから、たぶん間違いないんだと思う。 「アヤネちゃん―、チーズ知らない―?」 「チーズ?」 「冷蔵庫にずっとあったやつ―。昨日使っていいって言ってたから、お料理に使おうと思ってたんだけどー」 「あー」  アヤネちゃんはちょっと首を傾げて、言った。 「ちょっとわかんない。ごめんねぇ」 「あれアヤネちゃんのだよねー。だったら、誰か勝手に使っちゃったー?」 「……そうかも」  アヤネちゃんがうなだれちゃった。アヤネちゃんが知らないってことは、本当に誰かが勝手に持って行っちゃったってことになる。とすると、ミカちゃんの態度がちょっと気になるなあ。チーズのお話出した時、なんかちょっとびくっとしてたから。 「ミカちゃーん、チーズ持ってっちゃったー?」 「だ・か・ら、持ってってねえよ」  不意に、横からコズエちゃんが割って入ってきた。 「私ここでずっとテレビとかスマホとか見てたけど、美佳は今日帰ってきてから、キッチンの方には行ってないよ」 「ミカちゃん帰ってきたのいつー?」 「午後の四時ぐらいかな。その前はずっと大学だったはず」  ミカちゃんは大きく頷いている。 「朝は―?」 「あたしが出てった時、瞳子はまだ朝飯食べてたろ。それからずっと、あたしはこっちに帰ってない」  ミカちゃんは胸を張った。  うーん、でもそうすると誰が持ってっちゃったんだろう。ミカちゃんは違う、でもコズエちゃんでもアヤネちゃんでもなさそう。 「アヤネちゃん、だったら調べたほうがいいよねー? アヤネちゃんのチーズ、持ってっちゃったのは誰なのか―」 「いや、そこまではぁ」 「でもあれ、結構いいチーズだよねー? ほっといちゃダメな気がする―」 「それは……そうかもしれないけどぉ」  アヤネちゃん、ちょっとおろおろしてる。いつも落ち着いてるのに、この反応はちょっと珍しいな。  と思ったら、急にコズエちゃんが声を出した。 「瞳子の言うこともわかるけど、調べるなら明日の方がいいんじゃないかな。今日はもう晩ご飯だし、ちょっと休んで頭切り替えたら解決するかもしれないよ」 「いいこと言うじゃねえか梢! あたしも賛成だ、彩音もそれでいいだろ」 「私も二人に同意見。瞳子ぉ、ちょっと部屋に戻っててもらっていいかなぁ」 「わたし、これから晩ごはん作るところー」 「悪い瞳子。ちょっとの間だけ、部屋にいてくれ」  三人が、じっと私を見る。  なんだかすっごく居心地が悪くて、わたしはただ頷くしかできなかった。 「みんながそう言うなら、しょうがないけど……ちょっと待っててね、お野菜をしまってくるから」  わたしは、テーブルに出しっぱなしだったトマトと大葉とにんにくを冷蔵庫にしまった。野菜入れを閉めた後、わたしはチーズがあった棚をもう一度確かめてみた。  やっぱりそこには何もなかった。ぽっかり空いた棚が、オレンジの暗い光でただ照らされてるだけだった。 (……いないとちょっと寂しいな)  お部屋に戻って、わたしはがっくり肩を落とした。  美味しいパスタ、作りたかったんだけどな。アヤネちゃんも知らないうちに、誰が持って行っちゃったんだろう。  それにみんなの話、よくよく考えてみると、よくわからないことがいくつもある。ひょっとしてこれを整理すれば、何かの手がかりがあるのかも。 (チーズさん、どこへ行っちゃったのかな……)  いつのまにか、わたしは考え事に没頭していった。
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