推しのためならなんとやら

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推しのために綺麗になる! そう心に決めた。 きっかけは先日行われた推しの握手会。 ずっと大好きだった俳優のイベントということで私はすっかり浮かれていた。 写真集発売記念のトークイベントの後、握手会が行われる予定だ。 並びながらなんて声をかけようかと考えていた。 「ずっと応援してます!」 「好きです!」 「これからも頑張ってください!」 なんてありきたりの言葉しか思いつかない。 緊張が高まる中、手に汗を握って待つ。いやいや、これでは推しと握手なんてできない。とタオルで汗をふきふき。 目の前の列はどんどん短くなり、その分推しの姿がちらちらと見えてくる。 「次の人~」 いよいよ私の番がやってきた。 目の前に……推し! 「こんにちは」 さわやかイケメンの彼が、にこっと笑って手を差し出した。 その瞬間、全てが飛んだ。 決められた10秒間。何かいいことを言おうと勢い込んでいたのに頭が真っ白になってしまった。 じっと彼を見つめる。 推しの肌のきれいなこと。 「……綺麗ですよね」 気が付いたらそんな言葉がこぼれていた。 「そう?ありがとう」 彼は大したことではないかのように、にこりと笑った。 おそらく他の人にも言われている言葉だったのだろう。 「はい、終わりです~」 スタッフに引き剥がされて列から外れる。私はしばらく呆けていた。 あっという間の時間だった。記憶がない。しばらくたつとだんだん実感がわいてきた。 すると、突如押し寄せてくるのは羞恥心。 私、推しに何を言ってんだ。綺麗ですよね、なんて言われても困るだけじゃないか。推しが返事に困ることは言ってはいけない、とどこかのネットで呼んだ情報を思い出す。どうしよう、困らせてしまったかな。 でも。 会場のトイレに駆け込み、鏡に映る自分を見た。 推しの肌は本当にきれいだった。陶器のように滑らかで凹凸一つない。 それに比べて私は、と振り返る。 ざらざらとした肌触り。 ニキビがひどい。 偏食や運動不足からくるものだとわかってはいたが、推しと比べても綺麗とはいいがたい。 こんな人間から綺麗ですねなんて言われても困るだけだ。 だから私は、推しに自信を持って好きというために頑張ろうと誓った。 その日の帰り、コンビニでサラダを買って帰った。 今で適当だった洗顔にも力を入れた。ふわふわの泡で優しく洗顔を始める。 やり方はずっとわかっていた。しかし、毎回泡を作るのは面倒だったし、その後の保湿も時間がかかるからしていなかった。しかし、もう面倒だなんて言ってられない。全ては推しのため。 食事も睡眠も気を付けた。規則正しい生活をし始めた。 すると、どうだろう。あんなに悩んでいたニキビが少しずつ減って来たではないか。 少し努力をするだけで成果はでるものなのだ。どうして今までしてこなかったのだろう。 これなら推しに会っても恥ずかしくない。次のイベントが楽しみになった。 そして、いよいよ待ちに待ったイベントがやって来た。 「この前も来てくれたよね?」 「はい」 握手をしながら言われる。 覚えててくれたんだ、うれしい。 「この前よりも綺麗になったんじゃない?」 「そうですか?」 「うん、つやつやしていて、かわいいよ」 リップサービスだとわかっている。それでも嬉しかった。 「ありがとうございます」 これからも彼を推し続けよう。彼に誉めてもらうために自分を磨いていこう。
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