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鼻の頭にニキビができた。
困ったなあ、と手鏡を覗いていると隣の席の同僚が
「鼻のニキビは誰かと両想いの時にできるらしいぜ」
と話しかけてきた。
「なにそれ、学生時代じゃないんだから」
思わず眉をしかめて返事をする。
確かにニキビができやすい中学生の時はニキビができる場所で占いがあった。
顎にニキビができたときは誰かに好かれている証拠だとか、口のまわりにできたニキビはその時に好きな人とは結ばれないだとか、その当時はそんな占いも信じていた。
でもいくら鼻の頭にニキビができても当時の恋が叶うことはなかったし、顎の下にニキビがあっても誰かから告白されることもなかった。
そんな話をしてやったら彼はあからさまに傷ついた顔をした。
「……まあ、早く治るといいな」
そう言い残し席を立って給湯室の方へ向かう。
その後ろ姿を見ながら、まさか、本気だった?とよぎった。
いやいや、まさかな。彼とは今まで同僚として接してきただけの関係だ。今更この関係が変わることはないだろうし、彼に好かれるようなことをした覚えもない。
とりあえずこのニキビをどうにかしなくては。そう決心した。
まずはスキンケアから始めようと洗顔料を買い、泡立てスポンジを買い、ふわふわの泡で洗顔を始めた。
「何これ、ふわふわで気持ちいい」
きめ細かい真っ白な泡が肌に触れるたび、優しく撫でられているようで気持ちがいい。
ごしごしこすらないように丁寧に洗顔する。
タオルもごしごしこすらないように、とんとんと水分をふき取り、化粧水と乳液を顔につけた。
「これで、よし」
食事にも気を付けた。野菜を多めにとってバランスよく食べるようにした。
すると、どうだろう。あんなに悩んでいたニキビが少しずつ減って来たではないか。
「ニキビなくなったんだな、綺麗になってる」
「うん、ようやくね」
数日後、彼がまた話しかけてきた。
「鼻の頭のがなくなったら両想いじゃなくなっちゃうのかな」
「え?」
「あれ、結構本気だったんだけど」
くるりとまわる椅子が近づいて、そっと手が重なる。
「……どう?」
「どうって?」
「俺じゃダメ?」
今までみたことのない真剣な目。
振り替えれば入社当時からずっと隣で仕事をしてきた戦友のような存在。
2人で飲みに何度もいったし、終電まで働いて一緒に帰ったこともある。
酔いつぶれた私を介抱してくれたり、自分の仕事が終わっても待っててくれて、家の近くまで送ってくれたり。
そんな普段の彼の行動が一気に意味のあるものに繋がっていく。
「なあ?」
眉を下げて再び問われる。
かすかすの声をしぼりだし、
「だめ……じゃない」
と答えた。
どきどきと心臓がなる。
彼は嬉しそうにやったね、と笑った。
「俺も鼻の頭にニキビできそうだわ」
「……もう」
どうやら、あの占いは間違ってはいなかったようだ。
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