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「ここからは僕の推測なんですがね」  カケが言うには、鈴木家の娘はあの洋館で自らの命を絶った。そしてその後、亡くなった娘が夜な夜な地縛霊として出没するようになったのではないか。母親である鈴木律さんはその事を嘆き、娘の魂を鎮めるために一計を案じたのだろう、とのことだった。 「なにをしたんだい?」 「洋館を宿泊施設に作り替えて客を取ることにしたのは、その為ですよ」 「なぜ?」 「娘に捧げる為……とか」 「ささ」  捧げる? 「カケ、映画の見過ぎだよ。それか小説の書き過ぎだ。生きてる人間が亡くなった人の生贄されるだなんて、そんなことあり得ないよ」 「そうでしょうか。新開くん、真剣に答えてほしい。本当にあり得ない話ですか?」 「……だって」  当然のことながら、亡くなった人間に生前同様の意識が残るなんてことはない。仮に残るとするなら、それは向こう側ではなくこちら側、彼らが死ぬ直前まで抱いていた強い感情が、辛うじて現世に留まるのみである。例え誰かを憎み抜いて死んた者がこの世に舞い戻って来たとしても、悲しみに溢れた負の感情が空気を淀ませる程度にしか、この世に干渉することは出来ない。  あるいは僕や一部の人間のように、生まれ持った霊能力を携えた者であったなら、そういった常識を易々と飛び越えた形で霊障を引き起こすこともあるだろう。だがそんな超常現象は、本当に限られたごく僅かな人間たちにしか起こせない、ある種の奇跡なのだ。 「じゃあ、あり得るかあり得ないかで言えば、やっぱりあるんですね?」 「う……いやあ、まあ……」  カケの言わんとすることも、理解は出来る。そもそも幽霊という存在自体が、科学的には証明しきれない非現実なのだ。もし幽霊が存在するのなら、人間を殺す悪霊が存在したっておかしくはない。そういう理屈なのだろう。 「だけど捧げるったって、どうやって? 仮に君が見た黒い影がその家の娘だとして、君は何かされたのかい?」 「いや、それは……。だけど金縛りにはあったし、あそこで僕が大声で叫ばなければどうなっていたか分かりません。それに僕、もう一つ考えていることがあって」  自殺した娘を不倫という形で裏切った宇内禅は、小説家である。そして、妻子持ちという点でもカケとは共通点がある。 「あの母親、初めから募集してくる人間の職業を絞って選んでたんじゃないかと思うんです。作家が缶詰で利用しやすいよう環境を整えて、一週間の期限付きで泊まらせる。その一週間てのは、きっと品定めですよ。最初に僕が新開くんに聞いたのも、それです。幽霊が人を選んで襲うことはあるかって。きっとあの母親はこう考えたんですよ。名のある小説家を恨んで死んでいった娘に、同じ職業作家を殺させることで成仏できるんじゃないか……」 「そんな馬鹿な」 「新開くんはそう言うでしょうけど、素人の浅はかな考えなんてそんなもんですよ。ましてや悪い男に騙され、孫ともども娘が死んだんです。そんな母親が何を企んだっておかしくないと僕は思いますね」 「……」 「はー。なんか、やっぱり新開くんと話をすると落ち着くな。いやね、いくらなんでもこんな話、新作のネタだと偽っても他人には話せないですよ。なんか、話を聞いてもらっただけで、ちょっと気分が楽になりました」 「まあ、それならそれで良いと思うけどね」 「今日はゆっくり眠れそうですよ。最近全然眠れてなかったんで、有難いっす。ああぁー」 「大分とキてるね。仕事はまだ残ってるの?」 「いえ、今ホテルの部屋に着きました」 「ホテル? パーティー?」 「いやいや、授賞式は明後日です。だけど家遠いもんで、前ノリなんですよ、今日から」 「そうか、さっき結果聞いたばかりだもんね」 「もうバタバタですよ。まあ、だからほら、宇内禅とは違って、僕みたいな小物はあの家の娘さんには釣り合わんかったってことですよ。お眼鏡に叶わなかった、だから、生きて帰れたのかも」 「何言ってんだよカケ、君も今日から」  ……賞作家だろ。 「あ」  言った瞬間、僕の全身に鳥肌が立った。  僕が感じた恐怖はそのまま電話越しのカケにも伝わったらしく、 「ちょ、止めてくださいよ」  と上擦った声を出した。 「ごめんごめん」  軽い口調で謝りながらも、僕の心臓はどんどんと激しい鼓動を打ち鳴らしていた。  あるいは鈴木家の娘さんの強い心残りが「宇内禅憎し」であるならば、僕はもう洋館を離れたカケに心配は要らないと思うのだ。鈴木家の娘が強い怨念を抱いたまま亡くなっていた場合、その矛先が向かう先は宇内禅である。だが、万一そのが間違っていたら、怖いことが起きる。  カケは日本人なら誰もが知っている文学賞を獲り、その作品をあの洋館で執筆していた。そして家には、妻と可愛い男の子が待っている。もしも、箱入り娘として育てられたプライドの高い彼女が、「小物に興味はない、例え妻子持ちであろうが自分の欲しいものは絶対に手に入れる」という厄介な欲望を抱えていた場合、カケが逃げられたのは偶然とばかりも言えない。もしも鈴木家の女幽霊が、将来を有望視されるカケに宇内禅と同じ波長を感じ取ったとしたら、だってあり得るだろう……。  カケがチェックアウトを申し出た時、鈴木律さんが泣いたのは何故だ?  号泣の理由はなんだ?  悲しかったからか?  それとも……嬉しかったからか?  カケの後ろに、ソレが見えていたからなんじゃないのか? 「カケ」 「は、はい」 「今すぐ誰か人のいるところに行け」 「え、え」 「一人になるな!はやく行け!」 「ええ、え」 「早く行けって!」 「う、ああっ……し、新開くん!新開くんッ!」  その時、僕の耳には確かに聞こえたのだ。  扉の開く、音だった。    カ、チャ……。       「選り好み」、了。
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