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星空の街
「きれいな星空だ」
都会の街に男がふたりたたずんでいる。建ち並ぶビルの上には、空いっぱいに星が広がっていた。
「おれの故郷はこんなきれいな星空は拝めなかった」
「そうなのか」
「ああ、空気が汚れていたからな。いつも遠くの建物がかすんでいた記憶がある」
足もとがおぼつかない。男はビルの谷間を慎重な足どりで歩いていく。かすかな足音が暗闇に吸い込まれていった。
夜はだれもが寝静まる時間だ。昼間とは見える世界がちがっている。
「お前はたしか田舎のほうの生まれだろう。これくらいの星空は見たことがあるんじゃないか」
「ある。田舎生まれだからな」
聞かれた相手が若干不服そうな声を出す。それを察した男がつけ加えるように言った。
「別に田舎生まれをばかにしているわけではない。どこで生まれようが、おれとお前になんのちがいもありはしないさ」
「そうだろうか」
「ああ、こうしてここに立っているのがなによりの証拠だ。同じ立場じゃないか」
男たちは高架下をくぐっていく。上を通るはずの電車はつぎの出番が来るまで眠っている。橋の下を抜けると、ふたたび星が見える。星がまたたく音が地上まで聞こえてくるようだ。
「これからどこへ行く」
「さあ、とくに目的地があるわけではない」
「じゃあ、適当にぶらぶらするか。田舎の両親は元気か」
男が夜空を見上げながら聞く。
「たぶん、元気だろう。なぜ、そんなことを聞く」
「こんな仕事をしていると滅多に会えないだろう。親は大切にするものだ」
「会いはしていないが、このあいだ手紙を送ってきたから田舎で健在のはずだ。こんな時代だというのに古風なものさ。そういうきみはどうなんだ」
道路にごみが散らばっている。かなり荒れた場所らしい。
「おれは自宅から両親の家まで近いからな。会おうと思えばいつでも会える」
「会っているのか」
「いや、わざわざ行かない」
「自分が大切にしていないではないか。まったく、他人に説教できる立場じゃない」
「言われてみればそうだな」
男がかすかに笑う。物音の聞こえない夜が、ふたりを感傷的にしているのかもしれない。
「この仕事が終わったら、会いに行こうか」
「それがいい。おれもひさしぶりに顔を見せに行こう。そうと決まれば、はやく仕事を終わらせるに越したことはない」
ふたりの男は力強くつぎの一歩を踏み出した。
「それにしても、この星の空はきれいだ」
「きみの故郷とどっちがきれいなんだ」
「どちらもうつくしいさ。ここの空は、ぼくの住んでいた場所とはまたちがったうつくしさがある」
「それは興味深いな。どこがちがうのか、ぜひ見てみたいものだ」
「なにもないところだが、いつでも来てくれたまえ。歓迎するよ」
約束を交わして、ふたりの調査官は遺跡の調査にかかった。この星の住人が、滅亡するまで見ることのなかったまばゆい星空のもとで。
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