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―――――真鈴のモノローグ
『会いたい』という言葉は、どの時代を超えてもなお透き通る。その透明な願いを伝えるために”ことば”という道具は生まれたのかもしれない。今夜も眠り落ちる頃には、手紙、メッセージ、音楽、絵画。世界中のひとびとの『会いたい』が生まれ落ちる。
そのせつなる願いは燃料のような信念に変わり、明日にも息絶えてしまいそうなひとへの希望になる。約束のようにしっかりと結んだのであれば、どちらかが忘れなければ叶えられる。
呼吸をする、眠るかのように誰もが抱いたことのある感情であるが、そのエネルギーは世界すら容易く揺るがしていく。
残虐な感情にかたちを変えたのであれば、言葉や刃物で相手を傷つけてしまう。狂った世界が隔てるのなら、相手の命さえ奪ってしまう瞬間になり得るかもしれない。いびつに育ったのなら、大切なひとの貴重な時間を奪ってしまう身勝手な想いに姿を変える。
だからこそ、ひとは『会いたい』という言葉を隠してしまうのだろう。
鼓動が止まる時まで覚えているのに、うたかたのように消し去ったふりをする。―――幼き日のあたしも、深海の底にその言葉を隠し込んだ。
どんなに声を擦らしても。細い息で叫んでも。きみに届くはずがない。
『会いたい』を叶えられない命のほうが、星の数ほどあることを思い知った。
だけど、だけど。きみは勇気をもってあたしのもとに踏み出してくれた。
あたしをずっと想ってくれた親友は。ヒーローでもない、教科書にすら載らない。恥ずかしがり屋で、ぶっきらぼうで、だけど誰よりもやさしい。
あの夏にあたしを尋ねてきた女の子のままで、迎えに来てくれたのだ。
「あお、ってこうやって書くの?」
「そうだよ、蒼とも書くし、碧いとも書く」
今日もあの時と同じように、一文字一文字を白い紙に描いて教えてくれる。きみは学校の先生でもなく、習字の先生でもない、たったひとりのあたしの大切な親友。荒れ果てた海は凪ぎ、吹き抜ける風はさわやかで、地平線はどこまでも続く。大人になることが怖かったのに、この町で流れるひとときはこんなにも心地いい。今日も明日も。身体中に染みついていた痛みを、思い出の色に塗りつぶしていこう。
『最期の海に咲く花』
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