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「人は誰しも、順風満帆ばかりには生きられないものなんだ。絶望に打ちひしがれ無様な格好を晒す、その苦境は長い人生のなかで避けて通れぬ谷間であり、他ならぬ己自身の力でしか這い上がって来られない。だが、傷つき疲れ切った心身を癒し、立ち上がる活力を甦らせるには、誰かが手を差し伸べ、励まし勇気づけてやらなければならない」 「お互いが労り合い、足りない部分を補い合って、皆が安らかに暮らしていけるのよね。京介くんは私たち夫婦にとって息子みたいなものだから、掛け替えのない拠り所を失ってしまったその空洞を埋めたいと思うのは当然の心情なの。それが生きていくうえで忘れてはならない、絆なのではないかしら」  柔らかく湛えられた微笑に、京介さんは再び頭を下げて、 「御二人の勧めもあって、私はしばらくの間、このBEYOND THE HORIZONで働かせてもらうことになった。自分を見つめ直し、再起の道を模索するためには、多くの人と触れ合い、様々な価値観を学ぶ必要があると考えたからだった。そうしたら不思議なもので、学生時のアルバイトには機械的にこなしていた宿泊客の方々への応対が、いつしか楽しく思えるようになっていったんだ。それまでの私は、接客など相手とより良い条件で契約を結ぶための、手段の一つでしかないという先入観を持っていた。しかし、憩いを求めて訪れるお客様たちと和やかに歓談していくうちに、私自身も癒されていることに気づき、再訪を心待ちに出立をお見送りするようになっていった。そうして初めて、率先しておもてなしに尽くそうとする小嶋さん御夫妻の気持ちがわかったんだ」 「私たちは、ゲストハウスのオーナーという立場を通して、出会う人との交流を楽しみたいんだ。だから可能な限り、宿泊していただけた皆さんと直接触れ合う機会を作っているし、お客様同士が交流出来るささやかなイベントもしばしば企画している。この地を訪れてくれた人々がそれぞれの時間を気持ち良く過ごせ、心行くまで満足されたのなら、それが私たち二人にとって最上の喜びになるんだよ」 「確かに、宿泊料を安価に抑えながら経営するのは大変よね。自分たちが生活していくにはお金が必要だし、一定の収入を確保するために工夫を重ねて切り盛りしているのは否定しないわ。だけど、この仕事には充分過ぎるほどの遣り甲斐を感じているし、誰にも負けないだけの強い誇りも持てている。そして何よりも、京介くんや主人の言うように、楽しみに満ちた日々を送れるのが一番の幸福なの。他には求められない大切なものを得られる今の暮らしを、これからもずっと続けていきたいのよね」  お互いに笑みを寄せ合う温かな面差しこそ、手を取り苦労を分かち合って辿り来た証そのものなのだと思う。その足跡は荒らかな風砂にも消されることなく、先行く道にも真直ぐに続いてゆくのだろう。
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