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「ああ。自己本位の所業に過ぎないんだが、全て真咲や小夜が使うために設えたものだった。空室のままになろうとも構わなかった。贖罪といえば聞こえの良い言葉だが、灯りの点らぬ部屋を眺めては、かつての笑顔を想い起し、謝罪を繰り返していたんだ。そして同時に、新たな自分へ向かうための戒めを重ねてきた。もう二度と同じ過ちを犯さない、絶対に……。だから、お願いだから戻ってきてくれ、と」
目を閉じて俯く京介さんの狭間を、十年の歳月が疾風のようにすり抜けてゆく。
「今でも二人への想いを断ち切れず、その柔弱な執着こそ変わらぬ愛情であると縋っている。本当に、未練がましく情けない人間なのだと思う……。だが、時を隔てて月夜物語に集ってくれた想樹くんや水澄くん、そして純が、塞がることのなかったその空洞を少しずつ埋めていってくれた。同じ屋根の下で暮らし、共に笑って毎日を過ごすなかで、私はずっと救われていたんだよ……。さらに湯本先生や彩音くん、透希也くんに美優ちゃんと、心温かな出会いが重なり繋がっていったのも、身に余る喜びだと思っている。これ以上無いほどに、私は恵まれている―――」
「そのとおりね」
秀子さんがそっと目頭を押さえて、
「京介が再婚を選択せず、真咲さんと小夜を待ち続けるよう決意を固めましたとき、恐らくこの先も二人だけで生きていくしかないのだと、それこそが与えられた因果というものなのだろうと、私は行く末の境遇を受け入れるべく覚悟を決めました。在りし日はもう戻らない、失った後でその大切さに気づく寂しき悟り、それは京介自身もきっとわかっている。それでも切なき望みを抱えたまま、命尽きる最後の日まで全うする愛執、それが月夜物語に描かれる真実であるのなら、消えることのない後悔を共に抱きながら、一枚ずつ丁寧にページを重ねていこう、そう想いを定めたのです」
つぶさに語られる悲傷が、胸の奥を締め付ける。
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