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静かにそよめく浜風を受け、柔らかな波が清かな音をたてて、白砂に寄せては退いていく。紫黒の高空に漂う月明かりの下、白銀に揺れる一筋の道途が海路の彼方へと渡ってゆき、潮の香に包まれた優美な佇まいは、わだつみの幻象を慎ましやかに湛えている。海色という言詞に自由なイメージを付すのであれば、陽光から放たれる青や橙などの色彩とともに、研ぎ澄まされた溟海に浮かぶ夜想もまた、静謐の閑寂を兆す愁いの配色に満ちるのかもしれない。
「夜の海も、風情があるわね」
腰を降ろして微笑む彩音さんにそっと頷いて、
「京介さんが真咲さんと一緒に眺めていた月も、あんなふうに煌々と輝いていたのでしょうね」
「そうね。こうして白く優しい光に照らされていると、心も穏やかになれるし、素直な気持ちを寄せ合うなかでいつしか恋が芽生えるのは、月の持つ引力に導かれる自然の作用なのかもしれないわ。過ぎ去った日への仮定話に過ぎないけれども、二人が初めて出会った夜が満月ではなかったら、あるいは雲が掛かって月の光が遮られていたのなら、その後の未来は違う形となって、月夜物語は描かれずに、今わたしたちが過ごすこの場所での時間も無かったのかしらね」
万物に宿る精霊の共鳴、それが生ある者の相互に無意識のうちに投影される澱みなき源泉であるのなら、花鳥風月の瞬きにも人の心を動かす確かな力があるのかもしれない。自然の定律に営みを連ね、闇路に展望をもたらす月読の傘下に無数の変転が織り重なって、世界は燦然と築かれてゆく。
「彩音さんの言うとおりかもしれません。しかし僕は、人の繋がる運命を形作るのはその人自身の意志そのものであるという考えに触れ、ずっと胸に温めてきました。月に秘められた属性が恋の魔法であれ、たとえその助けを借りずにいたとしても、京介さんと真咲さんの意志は交わされ、結ばれていたと信じたいです。そして、離れなければならない悲しい結末を辿った後にも、京介さんが再び立ち上がろうと灯した意志にこそ、僕たちは引き寄せられたのではないでしょうか」
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