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最終話
それから数ヶ月、少ない水分の中、若者はどうにか生き延びた。その努力はみごとにみのり、若者は立派に成長した。自分の身体が、青々とみずみずしく育ったのを感じる。
若者は、自分を誇らしく思った。過酷な環境でもサバイバルできたのだ。それと同時に、ほんのり後悔にも似た感情もわいた。人間だった頃に、ここまで耐えて、がんばることができたなら、違った人生を歩めたのかもしれない。
そんなことを思いながら、感慨にふけっていると、むこうから誰かがやってくる気配がした。
「これが話題のお野菜ですか」
近くで人間たちがしゃべっている。どうやらテレビかなにかの取材らしい。
「ええ、そうです。ここで作られている野菜たちは、枯れるか枯れないかギリギリの少ない水分で栽培されています。極限まで負荷をかけて育った野菜は、栄養や甘みが凝縮されて、とってもおいしく育つんですよ」
農家のおばちゃんがニコニコとうれしそうに説明する。
「おひとつどうですか。このままかじってみてください」
おばちゃんは、立派に育った若者を地面から引っこ抜き、レポーターの女性に渡した。
「では、いただきます。バリバリ。むしゃむしゃ」
レポーターの歯が、身体に食い込む。リズミカルに、しゃくしゃくと、取れたての若者を噛みちぎっていく。
そして、三分の一ほど食べたところで、
「あら、ほんとう。そのまま食べたのに、全然苦くない。あまくて、おいしい」
と、その味を絶賛し、大げさによろこんでみせた。
「今日は話題のお野菜をご紹介しました。ぜひ、みなさんも食べてみてくださいね」
農家のおばちゃんとレポーターがカメラにむかって、笑顔で手をふる。
「はい、カット。おつかれさまでした」
撮影が終わり、バタバタとみんながはけていく。スタッフの一人が、食べ残された若者の残骸をテキパキと回収し、無造作にゴミ箱へと放り込む。
意識がだんだんとおのいていく。噛みちぎられバラバラになった若者は、最期に思った。
(人間にも、動物にも、植物にも、もう、何にもなりたくない……)
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