第1話

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第1話

その若者は、疲れきっていた。目の下にはクマができている。ここしばらく激務が続いて、あまり寝ていないのだ。 faea1d30-a52e-446c-9199-fb4db7dcdd80 やっと明日は、待ち望んだ休日……のはずが、会社の研修が入っている。なぜかいつも休日返上で、定期的に参加させられる。 どのような研修かというと、こんな感じだ。 まず、どこかのだれかの成功体験を聞かされる。 苦しい状況でも、笑顔を忘れずいつもポジティブに努力しよう。人々を喜ばせることが私の幸せ。 といった、どこにでも落っこちているようなストーリーを、あたかも自分だけのユニークなストーリーであるかのように、登壇者は熱く語る。 そして、ちょうど受講者が感動したところで、「なにがあってもあきらめない!やればできる!」というようなことをみんなで合唱する。 a29239c0-c366-430c-97bc-0f52f1fe2ca9 不思議な高揚感。 そうして受講者は、意気揚々といつもの理不尽な労働環境にもどっていく。 若者はうすうす気づいていた。 研修に参加した直後は、よしがんばろうという気になる。しかし、いざ日常にもどると、必死に働いたところで、給料はあがらず、サービス残業だけが増えていく。 一緒に盛りあがり、絆を深めたかに思えた同僚たちも、あっというまにギスギスした人間関係にもどる。 自分の時間やエネルギーをただ搾取されているように感じ、またやる気が底をつく。 そして、 (この過酷な状況に耐え続けた先に、何かいいことがあるのだろうか……) と、まっとうな疑問が頭をよぎる。 このタイミングで、また研修が投入される。ずっとそれのくり返し。 そうやって若者は、目の下のクマがとれない生活を続けている。
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