天野君へ

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 天野君の腕に肩がぶつかった。ごめん、と一言。Tシャツから覗く彼の腕は湿っていた。 「じゃあ次はその反対側にある明るい星。わかる?」  誤魔化すようにまた天野君は指を動かす。  今度はすぐに分かった。というか、薄々感づいていた。夏の大三角形。これくらいは私も知っていた。デネブ、アルタイル、ベガ。と言っても思い出したのは本当に本当にさっきなんだけど。でも星座は思い出せない。ベガ。何座だっけ。 「ベガだよね。星座の名前は思い出せないけど」 「そうそう! ベガ。こと座だよ」  天野君、嬉しそう。ちょっと馬鹿にされたような気もしたけれど、そんなこと気にならないくらいに天野君の声は弾んでいた。 「夏の大三角。さっき思い出したんだ」 「一番星空で有名だからかな。僕、夏の空が一番好き」  好き、という言葉にどきっとする。ううん、過剰反応。天野君の星好きはサークルでもずば抜けている。星座の名前と配置も一番知っているし、星の名前も即答する。宇宙の成り立ちも大好きで、星の話になると右に出る者はいない。それが天野君だった。  そんな熱心な彼に好意はあった。でも、恋じゃない。だって天野君は誰にだって優しいから。この観測会だって天野君が提案したものだったけど、相手が私じゃなくてもしてたと思う。星が如何に素晴らしいかを教えるためなら、なんでも。天野君を他の男の子と同じメジャーでははかれない。 「夏の星はね、どの季節の星空よりも一等星が多いんだ。それになんと言っても、天の川が見える」  わかるかな。天野君は楽しそうに話す。  はくちょう座を指差して、見て、と促される。言われなくても、見てるんだけど。減らず口は閉じておくことにして黙ったまま空を見上げた。
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