0人が本棚に入れています
本棚に追加
遠くから鳥の鳴き声がした。ハトとかカラスじゃない。もっと山に住んでいそうな鳥の声だった。どこで鳴いているんだろう? 辺りを見回しても鳥の影は見当たらなかった。
「アヒルかな。いや、白鳥?」
「天野君も聞こえた?」
「うん。でも何かは分かんないや」
鳥類には疎くて。恥ずかしそうに笑う天野君。きゅう、と胸が締め付けられた。今、変な顔してないかな。気付かれたら嫌だな。
私は、海岸に来る前とは違う感情を抱いていたのだった。
少しだけ心拍数が上がる。なんだろう、この気持ち。わかっているのに、わかってしまったらつまらないような気がする。
天野君は帰り支度を黙々としている。私もスカートに付いた砂を払って空を見上げる。さっきまでの満天の星空は嘘のように雲がかかり始めていた。あのもやもやの天の川ももう見れない。タイミングが悪かったのかな。何となく寂しくなって腕時計を覗く。
「そういえば、七夕過ぎちゃったね」
時刻は深夜零時を少し過ぎた頃。並んだゼロに少し驚いた。もうこんなにも時間が経っていたなんて。七月八日。昨日は七夕。だからといって何かをしたわけでは無かったけれど。一人暮らしを始めてから休みにならない日の名称に関心は薄れていっていた自分が悲しい。
「ああ、そうだね。織姫と彦星、今日は会えたみたい」
だって、天の川が綺麗だったから。
今日は晴れ。織姫と彦星のためだけに雲が取り払われた特別な日。
日付を越えたからもう逢瀬はおしまい。だから雲が敷かれてしまったのだろうか。
自転車に乗って、帰り道。私と天野君はお互いに何を話すこともなく戻ってきた。なんだろう、そっけない。
「それじゃあ、また明日」
「うん。今日はありがとう」
短い挨拶だけして日常へまた戻っていくのだ。
家に帰って荷物を片付ける。お風呂に入ろうと支度をしているときにぴたりと手が止まった。
「もしかして――」
それより先は声に出すのも恥ずかしかった。
あの鳥が、海から渡ってきた白鳥だったら……。
海は、大きな川。ってことは天の川?
日付が変わったから天野君がそっけなくなった。それって年に一度の……。
最初のコメントを投稿しよう!