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下唇をなぞり、彼は、あまり見ない種の、切なげな表情を浮かべた。あたしはこの顔も好きだ。けど、瞳の奥には強い本能が光り来るように思えて、
「最後までしたい?」
唇合わさる直前、それを聞いて彼はそっと顎を引いた。
「んな顔して聞くのは、……拷問だ」
あたしは吹き出した。目を泳がすのも珍しい。
「泣くか笑うか、どっちかにしろよ」
「優しく、してね」
微苦笑と共に彼は答えた。
「勿論だ」
母の胎内にいるかの孤独。
揺りかごみたいな安らぎ。
真っ暗な湖。三日月映す水面に二人、ボートで迷い込む世界。
彼となら、どんな景色だって輝いて見える。
あたしのこころがある限り。
この人があたしを求める限り。
あたしがいままでに知らなかった世界を与えてくれる。
えも知らぬ快楽と激情。ほのかな恋情。親友を見つめるようなあたたかさ。
顔を埋めたままの髪に触ってみる。こころの真ん中に触れられている、そんな倒錯感。
「一臣」
少しの間ののち。
身を起こした彼は、あたしと目を合わせて唇を重ねた。
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