#9 風邪を移された貴方に

3/4
前へ
/852ページ
次へ
熱っぽい異性というのは、ときに魅力的だ。 ややうるんだ瞳、上気した頬。やや上がった呼吸ですら、いつも静かな息を繰り返す彼からすれば、性的な魅力を帯びて聞こえる。 不謹慎にも。 「しんどい?」 あたしは手を伸ばしてマスクを外す。 「……おい」睨んでくる彼の眼力はさほど強くはない。 辛いことは半分、楽しいことは二倍。 痛みは、与えては貰って。 風邪は、引いては移しての繰り返し。 たちの悪いオンラインRPG。 中毒性を宿す、淡い麻薬。 「いま、楽にしたげる」 触れてみた。指で、唇で。離しては触れると、次第に息が乱れてく。 割りいれて、引き抜いて、またなぞる。 やわらかな世界はよりたかまる。 あたしが急に解放すると、たまらずといった感じで彼は顔を上げ、 「ふざけてんのか、お前」 「やめて欲しい?」 「いや」 思わず口に出た、と顔に書いてある。 逃げかけた彼を挟んで逃さない。嘆息。咳はいつの間に止まっていた。 「己の口が呪わしい限りだ」 「そんなことないわよ」あたしは笑った。「あたしは素直な一臣さん、好きだな」 苦し紛れに、舌打ちをして彼は言う。
/852ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1719人が本棚に入れています
本棚に追加