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「しないってば。大体二時間前に食べたん――」
手が離れた。唇が離れた。
そして、あたしからからだを離した彼は、目も合わせず歩きだす。
「え、ちょ……」
スーツのジャケットを脱ぎ、無造作にベッドに落とす。
怒ってる?
ネクタイを緩める、均整のとれた肢体。白いワイシャツの背中、細いウエスト。って、見惚れてる場合じゃなくて。
ショコラが吠えている。
この人の帰宅をあたしは出迎え、ラブラブしながら居間に向かい、ショコラをケージから出す。
だが、本日、真っ先に冷蔵庫に向かった彼。よっぽど楽しみにしていたと思える。
一言も口をきかずにお風呂に向かおうとするものだから、
「やだ、待って」
止めに入った。
「そんなに怒ることないでしょう」
いつもなら直ぐに振り返ってくれるのに。
「あなただってあたしのラムレーズン食べたじゃない」
「お前が食えねえと言ったからだろ」
「食えねえじゃない、『食べない』って言ったのっ。楽しみに取っといたのに」
「その腹いせが、抹茶強奪か」
振り向いた彼は、真顔で言った。
「報復とは、人類が犯す最大の過ちだ。世界の声を聞け」
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