prologue

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 頭の中は、既に黒く塗り潰されていた。  走っても走っても、叫んでも叫んでも、その黒は彼女の中から消えることはなかった。  取り返しのつかないことをしたと、もう少しだけ早く気付いていれば。また違っていたのだろうか。  数多の後悔と悲しみで張り裂けそうな胸を押さえて、彼女は一歩一歩階段を上っていく。  エレベーターが使用出来ることは知っていた。しかし、彼女がそれを使うことはない。この苦しみを抱えること、この痛みを感じることは彼女にとって最後であることを確信していたからだ。  懺悔の時間が多ければ、もしかしたら赦してくれるかもしれないと、淡い期待を込めている。  暫く歩くと、階段は終わりを迎えた。最上階に辿り着いたのだ。しかし彼女はまだ足りない。  ふらつきながら暗い廊下を歩き、やがて一番奥の窓まで辿り着くと、縋るようにして窓枠を掴む。  覚束ない所作で鍵を開け、大きく身を乗り出す。まだだ、まだ足りない。彼女は目に見えて落胆の色を滲ませながら視線を上に向ける。  幾何学模様のビルは灯りに乏しい為あまり良く見えない。しかし、そこに小さな梯子がぶら下がっているのを彼女は見逃さなかった。
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