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五階建ての、もはやビルといっても差し支えない程高い建物の一番上。雲の隙間から溢れる満月の光に照らされるのは、間違いなく人影だった。
何故そんな所にそんなものが。千鳥にはさっぱり分からない。
新棟は開設するまでは立ち入り禁止である筈だし、そもそもこんな時間にあんな所にいる理由すら皆目見当がつかない。
人影は、おそらく女だ。長い髪が風に揺られているし、スカートを履いている。
距離がある上、暗い視界のせいで表情までは分からない。ただ、力なく項垂れているその姿に千鳥の心が警鐘を鳴らす。
見てはいけない。目を逸らせ。そして走れ。助けを呼べ。
脳が忙しなく千鳥の身体に指示を送るが、そのどれもが意味を成さなかった。まるで地面に縫い付けられたように足は動かず、壊れた人形のように瞬き一つ出来ない。
ただ、手だけがかたかたと震えていた。
一点を見つめる千鳥の目の前で、女の人影は消え失せた。否、正確には違う。月の光が届かない暗闇へと沈んでいったのだ──どうやって?
その後に千鳥が聞いた音は、十八年の人生で一度も聞いたことのないものだった。
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