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サークルの事務所で変貌した、彼
「ゆうくんってさ、男っぽくないよね」
今日はせっかくの練習日だというのに事務室で缶詰中。ちょっと雑な領収書の但し書きを見つめながら、隣でレシートを整頓してくれていた悠志くんに現実逃避めいた呟きをこぼした。
社会人向けの男女混合バレーサークル。
私、美浜美里は仕事の往復だけの日々を愚痴った友人に誘われたのがきっかけで数か月前に入会をした。
地味であまり目立たず浮いた話の一つもない私に「発散するなら身体を動かさなければ!」と謎理論を繰り広げてくれた優しい友人は、私を入会させた途端に「彼氏ができた」と辞めてしまった。取り残されてどうしようかと思ったけれど、優しくて気の置けない人たちばかりだし、来るもの拒まず去る者追わずの緩い雰囲気がとても居心地いい。あまり戦力にはならないが、極力練習には参加するようにしていた。
最近、年長のメンバーが何人か抜けることになり、後任が決まるまでの約束で仕事が金融関係というだけで会計の仕事を回されてしまった。
どうしても明日までに収支報告を出さなければならないと言われ、今日は練習を我慢して書類やレシートと睨めっこ。
「俺ってそんなに頼りない?」
「んー・・・別にそういう意味じゃないんだけど」
「みーちゃん、ひどい」
手伝うよ、と書類整理を手伝っているのは私より少し後に入った年下の巽悠志くん。明るく人懐っこい雰囲気は子犬っぽい。
「みーちゃん」とまるで猫のように私を呼ぶものだから、つい私も「ゆうくん」という幼い呼び方になってしまっている。
何故か懐かれていつも一緒に練習する事が多く、私の後をついて回るから弟みたいだなって思っているのはナイショだ。
「これでも結構筋肉あるんだよ。背だってみーちゃんより高いじゃん」
「見た目が、とかじゃなくて雰囲気がって話だよ」
ようやくレシートの集計が終わり、あとは最後の確認だけになったのでいったん休憩と書類から目を離す。
悠志くんは私より頭一つは背が高いし、ジャージ姿が様になるほどにしっかりした体型をしている。顔はちょっと童顔だけど、よく見れば整っていて、サークル内でもイケメンとして可愛がられている。でも、私の考える「男っぽさ」とはやっぱりちょっと違うのだ。
「優しいし怖いこと言わないし、なんかいい匂いがする」
悠志くんのジャージを着た肩口に鼻を近づけると、柔らかな石けんみたい香りがした。
私の周りにいる男性はいつもどこか厳しかったり高圧的であまり良い雰囲気の人はいない。タバコの匂いやオーデコロンの匂いは少し苦手だ。
他愛のない話でも聞いてくれて、怒ったり急かしたりなんかしないところがすごくいい人だと思う。
「弟、っていうか、可愛い子犬みたい」
ふふっと笑って呟けば、悠志くんが少しだけ眉根を寄せた。
いくら年下でも男の人に可愛いやら子犬呼ばわりは失礼だったかな、と急いで謝ろうとするが、悠志くんがふらりと立ち上がったので謝るタイミングを逃してしまった。
「失敗したかな」
「え?」
いつもと同じく優しい笑顔をした悠志くんが私を見下ろしている。
でも、なんだか雰囲気がちょっとだけ怖い。
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