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看護師さんや、警察の方の話も、どうにもうまく噛み砕けない。早く。早く会わせてください。病室に入ると、メガネは笑っていた。あんなに心配したのに。空気が抜けてしぼんでいく風船みたいだ。足元から張り詰めていた何かが抜けていく。へたりと近くにあったイスに座り込んだ。
「ごめん」
メガネは、顔の前で手を合わせる。
「心配したんだから!ここに来るまで、すっごい色々考えたんだよ」
「マジごめん」
「このまま会えなくなっちゃったらどうしようとか」
「うん」
「織姫と彦星だって、一年に一回はデートするんだよ。会えなくなっちゃうのとは違うんだから」
「うん。ごめん」
「ばか。気をつけてよ」
「うん。本当、俺かっこ悪いな。本当は明日……、あ、もう日付変わったな。わるい。そのカバンとってくれる?」
近くにあったメガネがいつも使ってるビジネスバッグを手渡した。
「琴美、誕生日おめでとう」
ごそごそとバッグの中から取り出したのは、ちょっとつぶれた小さな箱だった。
「俺、本当は今日、琴美の誕生日を特別にしたくって。一生忘れられない日にしたかったんだ。俺と結婚してくれないか」
メガネが小箱のリボンをといた。ビロードのケースから、きらめく指輪が外される。
「琴美、手、出して」
不器用な手つき。私の指に、小さな星がきらめいた。
「俺、今日、言おうって決めてたんだ。何日も前から買ってあったんだけどさ。家に置いとくと、琴美見つけちゃうだろ? 会社のロッカーに隠してたんだ。帰るころになったら、すっげー緊張してきてさ。これ持ってくるの忘れちゃったんだよ。それで、遅くなったから慌ててさ」
「もぅ。本当バカじゃないの」
鼻の奥がツンとする。
「だから、ごめんって。あーもぅ、本当かっこわりーなー」
ガシガシと頭を掻く。
「いったー」
「もー本当にっ。頭強く打ったんでしょ? 包帯だって、こんな巻かれてるんだから、当たり前だよ」
「で、返事は?」
「よ、よろしくお願いします」
耳が熱い。
「これからは、こんな心配させないでください」
「はい。ごめんなさい」
「よし」
はーーーーーーーっ。
本当に忘れられないよ。こんなこと。
「そうだ、琴美さ、織姫と彦星って恋人だと思ってる?」
「違うの」
「あの二人は、夫婦なんだよ。だから、あいつらは合わなくても平気なんだよ」
「なんで? 会えないのは寂しいじゃん」
「無理だろ。会うなんて。ベガとアルタイルは十五光年も離れてるんだぜ。あいつらは絆があるから会えなくても、繋がってんだよ。俺らもそうなりたいな」
メガネの奥の細い目が、さらに柔らかく細くなった。
ばか。
よろしくね、史彦。
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