七月八日

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 朝のやり取りのおかげで、いつも灰色の出勤時間が、さらに暗くなったよ。  明日じゃなくて、今日が誕生日だったら。もっとロマンチックな一日を過ごせるだろうに。お母さんも、あと一日早く産んでくれていたら。はぁ。地下鉄の窓からじゃ何も見えないよ。  すいません。  気をつけます。  申し訳ありませんでした。  今日は何回言っただろう。  あんな些細なことで、ミス連発なんて、社会人失格だな。明日まで、こんな気持ち引きずりたくない。  そんな気持ちのまま、一日が終わろうとしていた。  帰り道、立ち寄ったスーパーマーケットでは、七夕にちなんで、キラキラとお星さまが輝くパッケージが目に飛び込んでくる。  あぁ、あれを作ろう。気分転換に七夕の今日、作るのにぴったりなお菓子だ。小さいころ母がたまに作ってくるこの素朴なお菓子が好きだった。琥珀糖(こはくとう)。キラキラと水晶の欠片みたいで、甘くて、噛むとシャリっと耳にが心地よい音がする。内側は少し硬めのゼリーのよう。材料は至ってシンプルに寒天とグラニュー糖。本物の宝石に似せるなら、食紅がいるかな。赤に青、そうだ紫水晶を作ろう。気分は錬金術師ね。  水と寒天とグラニュー糖を火にかける。とろとろと糸が引くくらいまで、ゆっくりゆっくりかき混ぜるの。とろりと鍋の中で流れる柔らかな液体と、甘い香りに心がほぐれた。泡を立てないようにそっとバットにながしいれ、次の工程は一番楽しみな色づけ。食紅を爪楊枝の先につけ、くるくるとマーブル模様を描く。透明とピンクと紫色と、慎重にバランス良く。よし、出来た。  自然と口角も上がる。  さぁ、次は夕飯の支度ね。  すべての支度が終わるころには、冷蔵庫に入れていた琥珀糖も固まった。適当な大きさに切り分けて手で千切るの。この千切ったところが、本物の鉱物みたいに見えるポイントだ。色の出方を見ながら、より本物っぽくなるように。それにしても、あのメガネ遅いな。全部作り終わっちゃうじゃん。あと、二時間ちょっとで、七夕も終わるよー。本当に、わすれちゃったのかな。  琥珀糖の次の工程は、乾燥させること。時間が経つと、表面が固まって、さらに鉱物感が出てくるの。それまで、二、三日の我慢。錬金術師になりきって、出来立ての鉱石をワックスペーパーに並べていく。ひとつひとつ。  やっと、電話が鳴り出した。メガネに言ってやろう。遅すぎだって。なのにスマホの画面に表示された番号は、見たこともないものだった。
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