七月八日

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 看護師さんや、警察の方の話も、どうにもうまく噛み砕けない。早く。早く会わせてください。病室に入ると、メガネは笑っていた。あんなに心配したのに。空気が抜けてしぼんでいく風船みたいだ。足元から張り詰めていた何かが抜けていく。へたりと近くにあったイスに座り込んだ。 「ごめん」  メガネは、顔の前で手を合わせる。 「心配したんだから!ここに来るまで、すっごい色々考えたんだよ」 「マジごめん」 「このまま会えなくなっちゃったらどうしようとか」 「うん」 「織姫と彦星だって、一年に一回はデートするんだよ。会えなくなっちゃうのとは違うんだから」 「うん。ごめん」 「ばか。気をつけてよ」 「うん。本当、俺かっこ悪いな。本当は明日……、あ、もう日付変わったな。わるい。そのカバンとってくれる?」  近くにあったメガネがいつも使ってるビジネスバッグを手渡した。 「琴美(ことみ)、誕生日おめでとう」  ごそごそとバッグの中から取り出したのは、ちょっとつぶれた小さな箱だった。 「俺、本当は今日、琴美の誕生日を特別にしたくって。一生忘れられない日にしたかったんだ。俺と結婚してくれないか」  メガネが小箱のリボンをといた。ビロードのケースから、きらめく指輪が外される。 「琴美、手、出して」  不器用な手つき。私の指に、小さな星がきらめいた。 「俺、今日、言おうって決めてたんだ。何日も前から買ってあったんだけどさ。家に置いとくと、琴美見つけちゃうだろ? 会社のロッカーに隠してたんだ。帰るころになったら、すっげー緊張してきてさ。これ持ってくるの忘れちゃったんだよ。それで、遅くなったから慌ててさ」 「もぅ。本当バカじゃないの」  鼻の奥がツンとする。 「だから、ごめんって。あーもぅ、本当かっこわりーなー」  ガシガシと頭を掻く。 「いったー」 「もー本当にっ。頭強く打ったんでしょ? 包帯だって、こんな巻かれてるんだから、当たり前だよ」 「で、返事は?」 「よ、よろしくお願いします」  耳が熱い。 「これからは、こんな心配させないでください」 「はい。ごめんなさい」 「よし」  はーーーーーーーっ。  本当に忘れられないよ。こんなこと。 「そうだ、琴美さ、織姫と彦星って恋人だと思ってる?」 「違うの」 「あの二人は、夫婦なんだよ。だから、あいつらは合わなくても平気なんだよ」 「なんで? 会えないのは寂しいじゃん」 「無理だろ。会うなんて。ベガとアルタイルは十五光年も離れてるんだぜ。あいつらは絆があるから会えなくても、繋がってんだよ。俺らもそうなりたいな」  メガネの奥の細い目が、さらに柔らかく細くなった。  ばか。  よろしくね、史彦(ふみひこ)
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