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「そうですか。じゃあ、これ、さっき適当に薬とかパンとか買ったんで、良かったらどうぞ」
なんて気の利く人だろう。
「ありがとうございます。何か買って帰らなきゃと思ってたから、助かります。おいくらでしたか?お金お返しします」
「いえ!自分が勝手に買ったものなんで、お金なんてもらえません。お見舞いだと思って、受け取ってください」
いやいや、さすがにそれは図々しいでしょ。
「見ず知らずの私にここまで親切にしていただいた上に、奢ってもらうなんて、いくらなんでもそれは…」
そう言うと、
すぐに何か次の会話が続くかと思ったのに、目の前の男性は急に黙ってしまった。
あれ?なんでだろう。
沈黙に焦りを感じ始めたその時。
ぽそっと彼が呟いた。
「別に見ず知らずって訳じゃないです」
「え?」
反射的に、俯いていた顔を初めてちゃんと彼に向けるのと、
彼が衝撃の一言を放つのとが、ほぼ同じタイミングだった。
「桜木ちとせさんですよね?
覚えてませんか?中学のときの同級生の、足立です」
こんな日に限って。
よりにもよってあの足立くんに。
メイクで誤魔化した鼻の頭のニキビは、
きっともう隠しきれなくなってる。
その上驚きのあまり呆然とする私の顔は、
とんでもなく間抜けに違いない。
それをこんな至近距離でバッチリ見られてしまった。
あまりのショックに、言葉が出てこない。
「あー、覚えてないかな。でも、そういうことだから、遠慮しなくていいよ」
彼は気まずそうに、でも笑ってくれた。
「じゃあ、俺、もう行くから。気をつけて帰って」
くるりと向きを変えて、歩き出したかと思うと、立ち止まって何かごそごそとして、また私の目の前に戻って来る。
「大丈夫だとは思うけど、何か困ったことあったら連絡して。ちゃんと帰れたかも気になるし」
差し出されたメモには、携帯の番号とIDが書かれている。
私は無言のまま、それを受け取ることしか出来なかった。
「じゃあ、帰ったらちゃんと薬飲んで、たくさん寝た方がいいよ」
最後の最後まで、親切で爽やかで、去っていく後ろ姿までカッコ良くて。
私はしばらく呆然と、そこから動くことが出来なかった。
こんなのあんまりだ。
大人ニキビが鼻の頭に出来た日に、
昔好きだった人に再会してしまった。
半ばやけくそになりながら、ベッドに潜り込んで、そうかからないうちに意識を手放した。
可哀想な私に、とびきりの奇跡が起こることを、ただただ夢見て。
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