【60秒で読書】この世界いっぱいに

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「ターゲットは十五分後にこの道を通る」  耳もとに低く流れてくる伝達。 「全員、配置につけ」  じっとりと汗ばむ皮膚が、緊張する全身を締めあげる。 「5、」  カウントが始まり、ふいに鳥肌が立った。 「4、」「3、」「2、」  何度やっても慣れるということのないこの状況。  集中せよ。集中せよ。  合図を待って息をつめる。 「1、」 「……GO!」  凄まじい羽音が炸裂した。  天上界に集められた白い鳩の群れが、一斉に己の胸もとを掻き毟りだす。  白い羽が一気に空へと舞い上がり、そしてふわふわと地上へ降りていく。  そう。我々、白い鳩のように「羽を持つもの」には、天から課せられた使命がある。  どんな姿をとるにせよ、人の「夢」を守れ、という。  そのため、あるものは羽布団の中身となり、あるものは募金のコインと引き換えにされ、あるものは人が描く夢を文字として、この世で実態化させるためのペンとなる。  人間界にはこんな伝承がある。それはもう長い間、一部の乙女といわれる人種の間でまことしやかに囁かれ続けているものだが。  ――行く先々に羽根が落ちているのは、天使が自分の側にいるサイン。天使がそばにいるから、きっとわたしの願いは叶うの。  人の願いを叶える天使など、本当はどこにも居やしない。そんなことは、当の人間以外は重々承知している。それでも。  愛らしき人間界の乙女たちが抱く、甘やかなドリームを守り抜くために、我々は今日も、己の羽根を引き毟り撒き散らすのだ。  この世界いっぱいに。 〈了〉
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