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密告者A
「なんでいっつも獲らせてくれないのよ!」
私、文月あかり……この名前はもちろんペンネーム。文章の世界を月の明かりで照らすなんてロマンチックじゃない?
私は、スマホで『アオゾラノベルショートショートコンテスト』の結果を見ながら文句を言っている。
このコンテストの受賞作は毎回ほぼ同じストーリー。
強い女の苦労話か、仲良し家族のあったか〜い絆を描いた話。
なにこれ。いつもちがうテーマなのに、なんで似た話を受賞させる訳?
このコンテストでの文月あかりの戦績は……。
10戦10敗! 受賞したことんなんかいっかいもない!
テーマの裏の裏を狙うのがいけない訳?
私だってねぇ、倍率の低い長編コンテストにチャレンジしたいよ。
でもね、長く書くの疲れるしー。
こうやって、講義のレポートを書き終わった真夜中に、部屋で缶ビールを飲みながらスマホでパッと仕上げたのがあっさり賞を獲るのって、すっごくカッコいいじゃない?
『ぜーんぜん、本気出していませんから』
そんな風に受賞して、賞金10万円をがっちりつかみたいのよ!
「あーあ、モチベ下がるなあ。こうなったら、新しいアカウントでも作って、いちから小説を書こうかなあ……。みんなが書ける感動エンタメなんか誰が書くか! 私はねぇ、読んだ人が頭を殴られたように感じる崇高なジュンズンガフ? 間違えた、ヒック……純文学の女王になるのよ! ええい、筆の勢いが足らん、もう一杯!」
酒くさい息を吐きながら、私は二本目の缶ビールを開けた。スマホ画面がゆらめいて見えてきて……。
「おおー、書ける。心のモヤモヤをぶつけてやるのだー!」
私は息を荒くさせ、スマホで文章を打った。
……朝日がまぶしい。カーテン越しに陽の光が見える。いつのまにか、大の字で寝ていた。結局、ゆうべは、3、4……5本の缶ビールを開けたのか。
まあ、お酒でなめらかになった私の文章の軌跡とやらを拝むとするか。
ゲップをしながら起き上がり、床に落ちてあったスマホを取った。バッテリーが切れていたので充電ケーブルを挿しながら、電源を入れる。
「げ!?」
驚きのあまり、またゲップが出そうになった。
そこには、私の新アカウントがあった。
アカウント名『密告者A』
投稿作はひとつ。ジャンルはコメディ。
タイトル『アオゾラノ○ルショートショートコンテストは、これを書けば受賞する!(かもね)』
概要『コンテストを知り尽くしたAが語る、受賞虎の巻。賞金が欲しいなら、とっとと読みな!』
ああ〜、完全に運営にケンカを売ってるよ!
作品へのリアクション通知が鳴り止まない。
突然、『アオゾラノベル運営からメッセージが届いています』とアプリに表示された。
「なに!?」
おそるおそるメッセージを開く。
『密告者A様 あなたの本名はなんですか?』
「ひいぃ!?」
メッセージは続く。
『賞金を運営費に回すために架空のコンテストを開いているのは、社長とアプリ管理スタッフの私しか知らないはずです。あなたは、下読みのひとりですか? 自分が推した作品がいつも受賞しないから秘密に気づいたんですか?』
……これは、利用できる!
私はメッセージには返信せず、スマホでスクショを撮影した。
そして、『密告者A』と『文月あかり』のアカウントを削除した。
SNSで私が匿名で流出させたスクショ『アオゾラノベル運営の秘密』は、盛大にバズった。
アオゾラノベルはどんどん会員数を減らしている。その一方、公平なコンテンストを行うと宣言したため、古参ユーザーの一部は残っているらしい。
私?
見切りをつけたわ。ネットにはね、たくさんの小説投稿サービスがあるのよ! いまは……。
「なによ、この運営者からの選評コメント! 『ひところ話題になった密告者Aの作品に似ていますね』 当たり前よ! 私がAだっつーの!」
ネットの世界は広い。たくさんのクリエイターがいる。
その何千何億という人々のなかで埋もれないようにするには、一体どうしたらいいの?
「私は、私だけにしか作れない作品を書いているのになあ……」
そんなある日。ネット広告を見つけた。
「これだわ!」
半年後。私はあるステージ会場にいた。
「文月あかりさん。アオゾラノベルコンテスト大賞受賞、おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
私は賞状を受け取った。私はいままで書いたショートショートをまとめて、連作短編と長編が対象のコンテスト、アオゾラノベルコンテストに応募したのだ。
次は受賞者のスピーチだ。
「懐かしいですねぇ。アオゾラノベルショートショートコンテストの不正発覚事件。私はそれで嫌気が差して一度退会したんですが、やっぱり私を受け入れてくれるのはこの場所だった! ありがとう!」
私が壇上を降りると、立食パーティがはじまった。あちこちの編集者に話しかけられた。ああ、これが選ばれた者の特権か。気持ちいいったらありゃしない。
ひとりの女性が近づいてきた。私の母親くらいの歳……五十過ぎかな? すごく厚くファンデーションを塗っている。真っ黒なロングストレートヘアなんだけど、髪にコシがなく量がさびしい。
「文月さん、はじめまして。アオゾラノベルの運営をしている前田です」
「あ……はじめまして」
「文月さん。どうしてこのコンテストの賞金が100万円なのか、ご存知ですか」
「高額だとたくさん応募者が集まるからですか」
「いえ。あなたが受賞できなかったコンテストの賞金全額ですよ……密告者Aさん」
私は悲鳴をあげそうになった。持っていたシャンパングラスを強くつかむ。
「あなたがうちに再登録してくれたおかげで、過去のアクセスログと照らし合わせることができたんですよ。密告者Aの言葉は、いちユーザーの単なる狂言だった……」
「でも、でも! 私がまた、このコンテストが不正だと密告すれば……!?」
前田はとても、いやあな顔をした。
笑いながら睨む、この顔。
私が嘘をついたとき、誤魔化そうとしたときに見破る母と同じ表情だ。
……私の逃げ場を断ち切り、追い詰める瞳だ。
「怖いでしょ? 自分の正当な評価に向き合うのが。このまま夢を見ていなさいよ。手のひらサイズの画面で文字を操って、『うまいですね』、『素晴らしいですね』 そうやってちやほやされて、たまにお金がもらえて。そんなゆるい創作活動で満足してなさい。私たち大人が楽しい夢を見せてあげるから、ずっと浸っていればいいのよ」
私は、シャンパンを前田にぶっかけた。
「な、なにするのよ!?」
グラスをテーブルに置くと、会場の人混みをかき分けて飛び出した。
向かったのは、銀行のATM。私の口座には、コンテストの受賞賞金100万円が振り込まれている。全額おろした。
一瞬ためらったが、私は十数枚をつかむと引き裂いた。
十数枚、十数枚、破くのを繰り返しているうちに銀行員がやってきた。
「これ。私にとっては汚い金なんで、どこかに寄付しといてください」
すべての紙幣を銀行員に渡すと、私は足早に去った。
あまい夢を見たくて書いているんじゃない。
はじめはお金が欲しかっただけ。それでも。
私が書いて気持ちいいことが、相手が読んでも気持ちいい。そんなときにもらえる感想しか、私には意味がないんだ。
やっとわかった。
私、なんにもわかっていなかった。
「お、やった。あと一歩に残っている! あ、読者からコメントひとつもらえた!」
私はいま、はじまったばかりの小説投稿サービスで活動している。
『文月あかり』というペンネームは捨てて。
書くときにはお酒を飲まなくなった。読む人はお酒を飲んだっていいけれど、書いている人まで飲んでいたら作品に込めたい意味がねじれるかもしれない。
私にしか書けないものを書く。いまもそう思っている。私にしか書けない分野を広げるべく、いろんな本を読むようになった。
ふと手を休めるときは、本棚のいちばん上を見つめる。
そこには、私がスマホで書き溜めたショートショートを印刷した紙がファイリングされている。
このファイルがそばにあれば、私が描いた世界がちっぽけなものではないってわかるはずだから。
【終】
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