1人が本棚に入れています
本棚に追加
煙突形の押しピンを弄びつつ、お湯が冷めるまでの暇を潰す。
沸騰したお湯が九十度に下がるまでどれくらいの時間が掛かるのか──コーヒーを飲むならドリップ派だけど、時間と温度をきっちり計測てまで淹れようと思う程、深い拘りは持っていない。
待ちきれなくなった瞬間が、私にとっての淹れ時だ。
さて、お楽しみの『ピン留めタイム』。
掴んだケトルを慎重に傾けて、フィルターの中で均したコーヒー粉にお湯をそっとひと垂らし。香ばしい香りが散らないうちにと、私はフィルターに顔ごと突っ込んだ。
行き場を失した香りを、一気に鼻腔へ吸い上げる。
──よし、今だ。
ピンを小鼻にぷすりと刺して、余分な空気を口から逃がす。
後、きちんと留められたか確認しがてら、再び鼻から息を吸った。
香りの存在を意識しながらゆっくり嗅げば、確かに湯気に温められた状態のままそこにある。
うまく留められたようで、ホッとした。
──お父さんも、この香り好きだったんだよね。
今まだ一緒にいたら、多分取り合いになってたろうな。
僕も僕もとか言いながら、ピンを片手にフィルター内の狭い陣地を奪取しようと駆け寄ってくる父の姿をふと思い出す。懐かしさに零れたのは、涙ではなく微笑みの方だった。
最初のコメントを投稿しよう!