2人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「これで全部かな」
スーパーをぐるりと一回りした秀人は、つぶやきながらスマホの画面へ視線を落とした。
玉ねぎ、じゃがいも、にんじん…………カレーの材料と、明日の朝食用のパンに牛乳。妻から頼まれていた買い物はこれですべてそろったはずだが、念のためもう一度確認したほうがいいか。
スマホに表示されているのは、妻からの買い物メモが記録されているアプリだ。いま人気の子育てアプリで、買い物メモのような覚え書きはもちろん、子どもの生活リズムや成長記録、夫婦のスケジュールなども一括で管理することができ、AIが必要に応じて様々なお知らせをしてくれるという便利なアプリである。
秀人も今日息子の蓮を一日みることになり、妻のすすめでこのアプリをダウンロードした――――のだが、
『あとは子どものお菓子だけだ』
画面に表示されたどこか高圧的な一言に、秀人は頬をひきつらせた。
日頃、仕事の忙しさのために子育てを妻にまかせきりの秀人にとって、このアプリの存在は大変ありがたかった。今朝から昼を過ぎるまでAIの助言に何度助けられたかわからない――――わからないのだが、
『いいか、一つだけだぞ』
繰り返される命令口調に、秀人は思わずスマホを握り締める。
人気のアプリにしては、AIの言葉があまりに乱暴だ。普通もっと丁寧な言葉遣いをするものではないだろうか。もしかして、設定かなにかで言葉遣いを変更することができて、妻がわざわざこういう言い方に設定したのだろうか。だとしたら、
…………嫌がらせか?…………
妻が秀人に対し子育てのことで不満を漏らしたことはほとんどない。今日一日預けることさえ、出かける間際まで申し訳なさそうにしていたくらいだ。でも、実は仕事ばかりの秀人に不満があって、AIの口調をこんな偉そうな言い方にわざわざ設定したのだとしたら――――昔の記憶を呼び起こさせるために。
背中に嫌な汗が流れた瞬間、秀人のTシャツの裾がくいくいっと引っ張られた。
「パパ、ぼくこれがいい」
いつの間にか来ていたお菓子売り場。そこで欲しいお菓子を見つけた蓮が、それを手に真っすぐ秀人を見上げていた。
最初のコメントを投稿しよう!