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「おい、まだいけるだろう」
風呂場に響く男の容赦のない責めに青年は、ゔっと呻き声を上げた。
その呻き声に愉悦する男はにたりと唇を歪めた。
それ見て興奮する青年も、同じ類の人と言える。
ぐいと更に瓶から媚薬を口に含まされ、嚥下させられる青年。
ごくりと蠢く白い喉を締め上げたい衝動に駆られながら、男は青年の背筋を撫で上げた。
殺さない。決して。
死にたくなるほど強烈に己を刻み込み、溶けるほど快感を植え付ける。
それでも、決して死なせないようにすると男は胸の内で誓っていた。
殺したくなるほど可愛いが、殺してしまっては、もう二度とこんな最高のパートナーには出会えないだろう。
「ほら、吐くんじゃねえぞ」
甘やかしたいような痛めつけたいような、矛盾した感情。
「うぇ、っん、うぅ……」
鮮烈な快楽と吐き気に襲われ、必死に戦う青年はとても美しく愛おしかった。
だからもう一本、媚薬の瓶を口元に持っていく。
これを入れてあと2本。それだけを吐かずに耐えられたらご褒美だな。
そう思いながら男は青年に口を開くよう命令した。
雛のようにただ口を開く従順な青年に思わず笑みが漏れる。
しかし、そんな単純に終わらせてやる男ではない。
蓋を開けた瓶を青年の手に握らせる。
「…へ?」
間の抜けた声。きっと自分が持たされるなどと思っていなかったのだろう。
「自力で飲め。零すなよ?」
「ぇ、やだぁ……」
とろとろに溶けきった甘えるような声で言われても、男は靡かない。
一瞬、仕方ないな、と言いそうになったことは内緒である。
「ほら、早く」
「っぅ、」
手首を取り、口元に近づけてやる。
とろりと蕩け、僅かな力しかかけられない青年は涙目で必死に自力で飲もうとする。
しかし、快楽で蕩けきった体では思うように力が入らず、てらりとぬめる媚薬が口の端か溢れ出してしまう。
艶めいた声をあげ、必死に嚥下しようとする姿はとても美しく憐れで妖艶だ。
「零すなと言ったはずじゃあないか?」
男に責められ、青年がごめんなさいと小さく零す。
「謝ってすむもんじゃないよな」
そう言うと男はもう1本媚薬の瓶を開封した。
きゅ、と蓋をひねる音を青年は震えながら聞く。
期待による震えだと男は都合よく解釈し、にんまりと笑った。
あながち間違ってはいない。
そしてお仕置きと都合よく言っているが、元々飲ませるつもりではあったのだ。
この媚薬がさして美味しくないことは1本目のときに自分も飲んでいたので男は知っている。
そしてやたら腹にくることも、きちんと媚薬としての効果があることも。
かなり飲ませたはずなので、色々と限界のはずなのに、どこまで変態なのだろうか。ずっと耐え続けている。
肝心のところには触れられないまま延々と弱い快楽を与えられ続けながら嘔吐感に耐えているのだ。
どんだけ俺と快楽が好きなんだと思いながら男はもう1本の中身を青年の唇から注ぎ込んだ。
「っゔぇ、あ゙、……ッ」
どろりと重たい液体を無理やり喉の奥に送り込むと男は嘔吐いた。
吐くなと厳命されているので吐くことは必死に堪える。
「いい子だ」
青年はなんとか最後まで飲み干したが、胃はたぽたぽと不愉快な音を立てその中身を押し出そうとしてくる。
吐くな。
必死に耐え続ける青年を男は褒めた。
ずっと触れることのなかった胸の尖りに指が触れる。
それだけで青年の身体は歓喜し跳ね上がる。
性器に太腿を押し付けてやると腰を振り、いいところに当てようとしてくる。
「この淫乱」
男が甘く囁くとびくりと身を震わせ蕩けきった声で喘いだ。
ご褒美だ、好きにすればいい。
男はそう思い放っておく。
そしてそう時が経たずとも青年はあっけなく絶頂を迎えた。
そのまま力尽きるように眠り落ちた青年の背を愛おしそうに撫でる男。
暫くすると男は青年の諸々で汚れた体を拭き始めた。
拭き終えると男は青年の膝の裏に左手を差し込み、その背を自身の右腕に乗せた。
身長差などほぼない2人である。
若干苦労しつつ持ち上げると、男は満足そうに笑んだ。
なお、ここまでの間男は我慢し続けているのである。
随分と忍耐深いものだ。
あくまでも紳士的に男は青年をベッドまで丁寧に運ぶ。
そうっと寝かせると、男は疲れ切って眠る唇に軽くキスを落とし静かに部屋を出ていった。
事後感漂う風呂場でひとり自身の熱を放つ。
虚しいとは言ってはいけない。
なんだかんだでプレイメイトのまま、肝心の挿入はしたことが無いのが、ささやかな悩みではあったが、男はそんなこと今は考えないようにしようと思った。
どろどろの風呂場をひとりで綺麗に掃除する。
妙なところで健全な自分たちのことは考えないようにしつつ、瓶のラベルを丁寧に剥がし1つの袋にまとめる。明日は瓶缶ペットボトルの日だったか。
青年がゴミ出し当番だった気がするけれど、白く夜が明け始めているので、掃除を終えたら出しに行ってしまおう。無理をさせた気もするから、起きて早々動きたくないだろう。
……まあ、ちょっと昨夜の瓶を捨てに行かせるプレイもやってみたかったんだけどな。
瓶がガチャガチャと鳴らないように袋を気をつけながら玄関に置くと、また男は風呂場に戻り浴槽や床にかかったぬめるものを片っ端からシャワーで流していく。
男は、風呂場を綺麗にし終えるとついでに自身もシャワーを浴びた。
さっぱりした気持ちで瓶缶ペットボトルの入った3つの袋をぽりは持った。
お気に入りのパンツの上からスウェットの下を履き上裸に適当に羽織ったジャージという出で立ちで玄関を開け、2人で暮らしているマンションの近くのゴミ捨て場に行く。
涼しい風を浴びて爽やかな気持ちで男は家に帰った。
「ただいま」
小声で言って、2人の部屋に静かに滑り込む。
ジャージとスウェットの下を脱ぎ、パンツ一丁になると青年の眠るベッドにごそごそと入り込んだ。
このまま、疲れ果てた男は安らかに眠るつもりだったが、そうは行かなかった。
男の気配で青年が目を覚ましたようだった。
もぞりと動くと、ゔっと呻く青年。
男はある予感がして、寝ようと思っていた身を起こした。
「どうした?」
そう聞く男の声には期待が滲んでしまっている。
「吐き、そ……ッ、ゔ、」
自分のその台詞で自身の状況を理解した慌てて飛び起きた青年は、その勢いに逆に吐き気を催してしまい、ごぽりと何かが喉元にせり上がる気配を感じた。
手で抑えるも、その程度でなんとかなるものではない。
手の隙間から溢れると、あとはあっという間だった。
綺麗なシーツが吐瀉物で汚れていく。
青年の目にあっという間に涙が滲んだ。
嘔吐しながら涙をこぼす青年を男は笑顔で眺めていた。
可哀想に。
そう思いつつ、男はぞくぞくするのをやめられない。
「ごめ、…なさっ、ゔ」
泣きながら嘔吐し謝り続ける青年を男は黙って見ていた。
そのことに不安を煽られた青年がぐずぐずに泣きながら更に謝るのを楽しく眺める男。
吐瀉物を見て盛大にため息をついてみせると青年がより一層申し訳なさに駆られ軽くパニックになる。
男はそんな反応を楽しみながら、ビニール袋を取ってきて手渡した。
まだ、吐き気が止まらないようだった。
そのことに一層慌て、焦り、気持ち悪さや情けなさと相まって余計にぼろぼろと涙する青年はぞくぞくするほど美しく、憐れだった。
背を優しく撫でてやると余計に泣くのがたまらなく愛おしくて吐き続ける青年の背を撫で続けた。
あらかた胃の中のものを出し切ったのか青年が口から零すのは謝罪と胃液ばかりになった。
「ごめ、なさ…!ごめんなさい…っゔえっ、あ゙っ、」
かはっと胃液を絞り出すように吐き出す青年の背を優しく撫で続ける。
青年からは決して見えない男の顔は醜く歪んだ笑みを浮かべていた。
ああ、なんて可哀想なんだろう。
そう思うとなお一層興奮し、このままどろどろに甘やかしたいような、痛めつけてもっと泣かせたいような、放っておいてその不安で殺してしまいたいような、うるさいと締め上げたいような、複雑な暗い感情がぐるぐると男の中を占拠する。
男の考えられることは、こんな青年をどうしてやろうか、のひとつだけで、滅茶苦茶にしてやりたくてたまらない感情を持て余していた。
青年は青年で、優しく介抱されているということに情けなさや不甲斐なさ、申し訳なさを感じ、押しつぶされそうになっていた。怖い。
嫌われたらどうしよう、という思いとぽりならきっと平気、という思いが交錯し青年をパニックに落とし込む。
嘔吐感は止まらず気持ちが悪いままもう吐き出せるものはない。
青年は咳き込みながら涙を流した。
その背は優しく撫でられ続ける。
それでも青年は、先程つかれたため息が気になってその優しさが信じられなかった。
まあ、信じなくて正解ではある。
「ごめんなさい……っ、ゆるし、……ゔぇ、…げほっ」
とうとう許しを乞い始めた青年をそれはそれは楽しそうに鑑賞する男。
先程から一言も発しない男に不安な青年。
「許されたいの?」
「うんっ、許し、てくださ…っ」
男がようやく発した一言はそれだった。
それにすがる青年が滑稽で愛おしくてたまらない。
「じゃあ許してあげる」
あっさりと許されてしまい拍子抜けする青年。
逆に不安感が募る。
だって、あの男がこんなにあっさりと許すわけないじゃないか。
そう思うと逆に許してくれないんだと思えてならず、青年は一層パニックになった。
男は、予想が見事に当たり、更にパニックに陥る青年をもっと長く眺めていられて嬉しくてたまらなかった。
弱っている人間を更に弱らせることに楽しさよ。
男は悪い笑みを浮かべて青年をぎゅっと抱きしめた。
ああ、なんて可哀想で可愛いんだろう。もっと痛めつけてやりたい。
それこそどん底まで。
男は自分の思考が危ういことを知っていたので、そんなことは口にはしなかった。
「いいよ、飲ませたのは俺だし。頼んだのはお前だけど」
「う、うんっ」
「ほら、いい加減泣き止んで」
腹の黒い思いは隠したまま優しく甘やかす。
泣いてる青年の目尻を指先でそっと拭ってやる。
「ソファでいいからさ、疲れてんだろ、寝たほうがいい」
疲れさせた張本人はしれっとした顔で甘やかした。
「わかった、……ありがと」
その返事を聞いて男はそっと青年の頭を撫でてソファへとエスコートした。
ソファに座らせると、うがいをさせる。
「おやすみ」
これで寝るのに嫌ではないだろうと男は判断し、寝室へと戻った。
さて。掃除である。
本日二度目の。
吐瀉物のはいったビニール袋を二重にし、しっかりと口を縛る。
どこに置こうか迷い、諦めてトイレの隅に転がしておく。
思い出して羞恥に駆られる姿が見られないのは残念ではある。
次に吐瀉物で汚れた寝具をひっぺがす。
風呂場で手洗いし、あらかたの汚れが落ちたら洗濯機へ放り込む。
いいや、明日青年をからかいながら干してやる。
自分は案外甲斐甲斐しいのではと男は思いつつ、現状を復帰させるとまた青年を姫抱きにし、ベッドへ寝かせた。
頭を撫でてやると擦り寄ってくる。
……また、媚薬嘔吐プレイもいいな。
弱っている青年の姿を思い出し、にんまりとしながら男は眠りについた。
青年が風邪をひいた日にはどうなることやら。
翌朝、青年が起きると、男のあの明け方の優しさは何処へやら、いじわるな男に戻っていたそうだ。
fin.
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