若鮎

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爽やかな風が吹き、陽光が等しく降り注ぐ 木々は緑濃くなり、清流に棲む鮎は踊る 菖蒲(あやめ)は湖岸に咲き誇り、杜若(かきつばた)がそこに混ざる ここは何処だ そんな当たり前の問すら言葉に出ず、ただその風景に見とれていた 深く空気を吸い込む それは塵芥何ひとつない清浄なもので、なんと心地よきことか 「おにいはん…」 突如背後から聞こえてきた声に驚き、咄嗟に振り向く するとそこには―― 「ようこそおいでくださいました」 ――女人が佇ずんでいた 真珠の如く真白な肌には傷一つなく、射干玉(ぬばたま)のように艶やかな黒髪は簪で一つに結い上げられていた 白縹(しろはなだ)の浴衣には流水の紋があり、季節を感じる 「そうかたまらないでくださいまし。なんもとって喰らおうとしてへんのですさかい」 少し困った風にしながら微笑する その姿は人あらざるものと紛う程に絵画的であった この風景といい、女人といい、現実と思えぬものばかりだ よく見ると浴衣の裾は水に濡れているようにみえる 「おにいはんが何を思ってはるか、なんとなくはわかりますぅ そのうえでいいますえ 夢か幻かなど取るに足らないことやありゃしまへんか 今…この一時くらいは現世(うつしよ)を忘れてどうか安らいでいってくださいまし」 和らげで…でも凛としたその声が自分を包みこむ ……あれ、僕は何をしてたのだろうか 段々と…しかし確実に頭にもやがかかってい 「なぁおにいはん、こっちきてうちと一緒にーー」 紡ぐ言の葉のままに彼女の手をとり僕はどこかへ掻き消えた あとに残るは清流のせせらぎばかりなり…… これは初夏の候、なにかに魅入られた男の話ーー
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