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東京、三鷹市城山台。
駅前の商店街を抜け、角のケーキ屋を横目にバス通りを渡り、ポプラ並木の坂道を登った先に、僕のアパートがあった。
浴びるほど飲み明かしたり、話し疲れていつのまにか黙りこんでしまうこともしばしばだった、二人の過ごした時間。
その部屋も三日後には、引き払うことになっている。
「こことはもうお別れね」
三枝留美はミルクティ色のショートヘアをかきあげながら、抜け落ちそうな天井に目をやった。雨漏りのシミやたばこのヤニ、そのほかよくわからない汚れが染みついた天井をしみじみと見ている。
「もう少しここに住みたかったよ」
僕は室内を見回した。テレビと冷蔵庫と着替えの詰まったスーツケース、荷造りを終えた段ボール箱がでんと積まれている。
「なあ、留美。ホントにニューヨークへ行ってしまう? おれといっしょに新潟までは来ない? やっぱ、ダメかあ・・・」
段ボール山の壁を、僕は指先で叩きながら長い息を吐いた。疲れとか諦めとか、そんなのがごっちゃ混ぜになったため息だった。
留美は返事をする代わりに、ショルダーバッグから航空券を取り出した。
日付は明日の午後三時発357便 ニューヨーク行。
彼女は二十三歳。美大を卒業したあとデザイン関係の仕事をしていたが、本当の夢はN・Yで画廊を持つことだという。
そんな話をデートの度に聞かされていた。
「じゃ、最後のデートするか」
僕は右手を差し出した。
「うん」留美は僕から目をそらし、震える声でうなずいた。「そうだね。ショウタイム、何時からだっけ?」
「21時くらいから」
「じゃあ、そろそろだね」
留美は華奢な腕に巻いた時計に視線を落とした。彼女は僕と目を合わそうとしなかった。
「留美」
「なに?」
彼女はかすかに顔を上げた。
「最後かもしれないから・・・」
僕は抱き寄せ、キスした。
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