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 放射線は地球上のあらゆる場所に降り注いだ。  もっとも症状の軽い者は皮膚変色程度で済み、僕のようにほとんど害を被らない人間もいたが、逆に重篤者は赤く爛れた患部が筋肉層から滑り落ちるように剥離した。患者にはサージカルバイオフィルムやステロイド剤投与による対処療法が試みられた。  科学者たちは、海底の熱水噴出孔付近に棲息する生物や嫌気性細菌に活路を見出そうとした。  僕はそんなニュースを遠い歴史の出来事のように聞いていた。  廃村の復活計画は頓挫し、僕の両親はシェルターハウスの中で不自由な生活を送っている。  ベテルギウスの放射線がオゾン層を破壊しなかったならば、活気に満ちた光景が眼前に広がっているはずだった。  お客は渓谷露天風呂の絶景を楽しんでもらい、そのあとは巨大な酒樽を模した食事処で郷土料理に舌鼓を打ってもらう。冬は雪見、春は深緑と山桜を、夏は渓流釣り、秋は紅葉・・・  両親が生き生きと働く姿が目に浮かぶ。  本来なら、僕もそこにいて留美がそばにいてくれて・・・  僕は工事中の道路を歩きながら、そんな妄想をしていた。  背後で車のクラクションが鳴った。  セダンタイプの白い車が僕の横を追い抜いて、停止した。  運転席のドアが開いて、作業服姿の若い男が降りた。  廃村復活プロジェクトのメンバー、加瀬邦夫(かせくにお)だった。高校時代の級友でもあった。 「オヤジさんとこ行ったら、こっちに来てるって聞いたから。電話を亮太(りょうた)にかけたけど、つながらかったぞ。電源切ってるのか」 「いや、切ってないよ」  僕はカーゴパンツのポケットからイリジウムホンを取り出した。周回衛星を利用した全地球方位型通信機だ。稼働中を示すダイオードが明滅している。 「考えごとしてたから、気がつかなかったんだよ」  僕はいい加減な言い訳をしたが、加瀬邦夫は騙されはしなかった。 「そうじゃないな。やっぱ、妨害電波がどこからか出てるんだ」加瀬の顔は笑っていなかった。「アレと関係していると思うぜ・・・」    アレとは、赤牟村の森の奥にある古い祠のことだ。        
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