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可愛い、という慣れない台詞に私はぴしりと固まってしまった。いや待て私、今のはどう考えてもただのお世辞よ、挨拶みたいなものよ! と自分に言い聞かせるが、ふつふつと迫り上がって来た熱は一気に頬を火照らせるばかりで。
「か、からかわないでください……」
おそらく真っ赤に染まっているであろう頬を隠すように両手で口元を覆って俯けば、その場に一瞬の沈黙が流れた。あ、やばい引かれたかも、と私は焦燥し、「外見を褒められる」ということへの耐性が無さすぎる自分を呪う。
ああもう、何やってるのよ絵里子! もう18歳も終わろうとしてるのに、こんなことで恥ずかしがって情けない!
そう考えていると、続く沈黙を打ち破るように彼の口が開かれた。
「……あ、何? チークも塗ったの? ちょっと塗りすぎじゃね、それ」
「……う、え……」
「ぶっは、間抜け面」
頬を真っ赤に染めたまま顔を上げれば、普段と何ら変わりのない彼がへらりとその場で微笑んでいた。真っ赤に染まる頬を揶揄する彼に、私はむっと眉間を寄せる。
「ち、チークは塗ってません! すぐ赤くなる体質なんです!」
「はいはい。行くぞハナコ」
「エリコだってばー!」
文句をこぼす私を華麗にスルーして、恭介さんは軽快に階段を降りて行った。ぷっくりと頬を膨らませたまま私はその背中を追い掛け、気怠げに歩く彼の隣に並ぶ。
「……ところで、お花見ってどこまで行くんですか?」
「すぐそこの河川敷。ライトアップしてるんだよ、この時期」
「河川敷なんかありましたっけ」
「あるよ。“テトラ”とは方向が逆だから、お前まだ来た事ねーのかもな」
恭介さんはそう言いながら、開いていたパーカーのファスナーを上に引き上げて首元を隠す。4月も中旬とは言え、今日の夜風は少し冷たい。私は少し厚めのカーディガンを羽織って出て来たからまだマシだけれど、彼の格好は見るからに寒そうだ。
ちなみに、彼の言う「テトラ」とは、私のアルバイト先である居酒屋の名前だったりする。オーナーの名前が「手塚 虎太郎」だから、手塚の「て」と虎太郎の「とら」を取って「テトラ」という店名なんだとか。
寒そうに身を縮こめている彼の言う通り、この道はテトラへ続く道とは逆方向。周辺の景色にも見覚えは無かった。
「……確かに、こっちの道は初めてかもです」
「そうだろ? ……でも、こっちの道はあんまり一人で行くなよ。川沿いにヤンキーが溜まってたり、酔っ払いが転がってたりするから」
「ひえ……」
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