02 - しょうが焼き

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「そりゃするだろ、接客苦手そうだったし。最初に居酒屋でバイトするって聞いた時ビビったわ」 「あ、あはは……」  接客苦手そう、という発言は否定出来なくて、私は苦笑いを返すしかない。苦笑したまま南蛮漬けを口に運べば、これも美味しくて瞳が輝いた。  南蛮酢の酸味と甘味のバランスが絶妙で、冷めきっていた唐揚げが見事に新しい料理へと生まれ変わっている。天才か、と私は本日二度目の賞賛を心の中で呟いた。 「まあでも、慣れて来たんなら良かったな」  ふと、恭介さんは安堵したように笑った。私は噛んでいた唐揚げを飲み込み、「そういえば、」と口を開く。 「今日、オーナーにも言われました。慣れて来たみたいで良かったって」 「ふーん?」 「……あと、よく笑うようになった、って」  一拍置いて、困ったように言えば彼は一瞬言葉を詰まらせた。しかしすぐに「あー……」と目を逸らして苦笑する。 「……まあ、最初は、な。しょうがねーだろ」 「……」 「良かったじゃん、笑えてんなら。接客は笑顔って大事だぜ?」  彼はへらりと笑って、「笑顔と言えば今日、お向かいの一軒家の婆ちゃんが朝からけたたましく笑っててさ、」と巧みに話題をすり替えた。私はその話をぼんやりと聞きながら、ようやく温度の下がった味噌汁に口を付ける。  少し濃いめの暖かい味噌の味が、喉の奥へと滑り落ちて行って。濁った水面に、私の顔がぼんやりと映った。 (……そんなに笑うの、下手かなあ?)  むに、と片手で頬を摘んでみる。元々社交的な性格ではないから、色々あるうちにいつの間にか表情筋が固まってしまってたのかも。  生姜焼きは強火で一気に熱したら硬くなるんだって。  だから私も、ゆっくり、こつこつ、弱火でじっくり練習すれば、ぎこちないって言われる笑顔も多少はマシになったりするんじゃないかな、なんて。 「……どう思います? 恭介さん」 「……ん? お向かいの婆ちゃんの笑い方のこと? 独創的だよな」  ……そうじゃないけど、まあいいか。  私もそう思います、と頷いて、私は柔らかい生姜焼きを口に運んだのだった。  . 〈本日の晩ご飯/しょうが焼き〉
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