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「カレーだ!」
「大正解」
にんまりと、キッチンに立った恭介さんが口角を上げる。私は瞳を輝かせ、火にかけられた鍋の中をひょっこりと覗き込んだ。
大きな赤いお鍋の中では、キノコとナスの入った美味しそうなキーマカレーが煮込まれている。今日はバイトが無くてお昼ご飯は食べていないから、鼻腔を突き抜けて行くスパイシーな香りに「ぐぎゅぎゅ……」と思わずお腹が鳴ってしまった。
彼の作るカレーは、よくあるスタンダードな食材はあまり入っていない。いわゆるゴロゴロとした人参とか、ジャガイモとか、そういうやつ。その代わりに、とろとろに蕩けるまで煮込まれたナスとか、バターで長時間炒められたみじん切りタマネギのソテーとか、数種類のキノコとか、そういうのが入っている。らしい。
「すごい……お洒落なカフェとかで出てくるカレーだ……!」
「お洒落なカフェとか、お前行ったことあんの?」
「……ないです」
痛いところを突かれ、私はぶすっと唇を尖らせた。田舎から出て来たてほやほやの私には、お洒落なカフェなんてまだハードルが高い。「でも、雑誌でなら見たことありますよ!」と胸を張る私に、恭介さんは「お前、雑誌とか読むんだな」と小馬鹿にしたように笑った。この人、私のことなんだと思ってるんだろう。
むむむ、と再び眉間を寄せた私をフォローする気はないようで、彼は「そんなことより」と強引に話題をすり替えた。なんだか納得はいかないが、とりあえず彼の話に耳を傾ける。
「今日さ、お向かいの婆ちゃんが大量に野菜くれたんだよ」
「あ、そうなんですか? あの笑い方が独創的な……?」
「そうそう、あの婆ちゃん。橋田さんっていうんだけど、家庭菜園が趣味でさ。そこそこデカイ畑持ってんの。余ったって言うから、お言葉に甘えてタマネギとキュウリとアスパラ貰って来た」
「へえ……」
ということはつまり、このカレーに入っているソテード・オニオンとやらはそのタマネギを使って作られているのだろうか。煮込まれすぎて、もはや姿形は一切残っていないわけだけど。
「あのお婆ちゃん、すごいですね。家庭菜園なんてやってるんだ」
「な、野菜育てられるってすげーよな。俺マジで無理なんだよ、植物とか野菜とか育てんの」
「私も苦手です……」
「だろうな、サボテンも枯らしそう」
きっぱりと言い切った彼の言葉がぐさっと心に刺さる。うう、悔しいけれど否定できない。
そんなことを考えていたら、彼は徐ろに身を翻して冷蔵庫へと向かった。ややあって、その中から瓶のようなものを取り出した彼がキッチンへと戻ってくる。
「ちなみに、残りの野菜はこうした」
「……何ですか? これ」
「ピクルス」
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