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彼は液体に付け込まれたアスパラとキュウリの入った瓶の蓋を開けた。すると、確かに酸味のある独特の香りがする。
「わあ、美味しそう!」
「カレーだからな。付け合わせに作った」
「すごい! お洒落!」
「カフェみたい?」
「カフェみたい!」
「ふっ、行ったことねーくせに」
彼は笑って、ピクルス液に漬け込まれたアスパラとキュウリを白い皿の上に丁寧に盛り付けて行く。「ほんとはパプリカも入れたかったけど、誰かさんがピーマン嫌いだからなあ」とこぼされた嫌味は聞こえないふりをして、私は綺麗に盛り付けられたそれを食卓へと運んだ。
「座っといていいよ、あとは持って行くから」
「で、でも、いつも作って貰ってるし、運ぶのぐらいは手伝います」
「いーって。俺のわがままで取り付けた約束なんだし。座って待っとくのがお前の役目」
私の申し出をひらりと華麗に躱すと、彼はカレーの火を止めて深めのお皿に炊きたてご飯を盛り始めてしまう。料理へのこだわりが強い彼は、出来上がった料理を「皿に移す」という工程にさえ自分流のこだわりがあるらしく、私にその役を任せてくれたことは一度もない。
極め付けには食器だ。料理を乗せている食器にも、彼は強いこだわりがある。彼曰く、「料理の魅力を最大限に引き出すには食器の色が最重要なんだよ」という事らしいが……別にお皿の色が合ってなくても、味に差異はないのでは? と私は正直思ってしまう。口には絶対出せないけれど。
とにかく、彼はこだわりが強いのだ。だから二人が交わしたこの珍妙な“約束”も、期限が切れるその時まで、きっと破られることは絶対にないんだろう、と、思う。
「ん、俺特製のキーマカレー」
ことん、とテーブルの上に料理が置かれる。今日の食器は、縁に山吹色のラインをぐるりと引いたようなシンプルなデザインのお皿。その上に、白いご飯とキーマカレー、刻まれたトマトとオニオンのサラダに、クミンを和えたジャガイモが美しく盛り付けられていた。あまりに本格的なカフェっぽいカレーに、私は戦慄してしまう。
「ほ、本当にお洒落なカフェにあるやつみたいじゃないですか……」
「インスタントでよければスープも付けられますよ、お客様」
「け、結構です」
店員風の口調で揶揄う彼の言葉をやんわりと断り、私はじっと目の前のワンプレートカレーを見つめた。名前もよくわからない香草まで添えられていて、これ、お店だったら1,500円ぐらい取られるやつなんじゃない? とそのクオリティの高さに圧倒される。そうこうしているうちに、彼は両手を合わせていた。
「いただきます」
「い、いただきます」
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