504人が本棚に入れています
本棚に追加
お洒落な木製のテーブルと、丁寧に敷かれたテーブルクロスの上に並べられた、彩りも見た目も鮮やかな料理たち。写真を撮ってSNSにアップする訳でもないのに、彼はいつも、並んだ料理の見た目にまできっちりとこだわってから椅子に腰掛けるのだ。
「いただきます」
「いただきます!」
今か今かと待ちわびた私は彼が手を合わせるのと同時に、いやむしろ食い気味に声を発して、カトラリーケースの中のスプーンを握った。……あ、結局スプーン使っちゃってる。まあいいか。
彼はそんな私を呆れたように見つめた後、黄金色に膨らんだ卵の頂に銀のスプーンを差し込んで切れ目を入れた。
とろり。
割れた卵の中身は待ちわびていたかのように半熟状態のままトロトロと滴り落ちて、下に敷かれたチキンライスを覆い、黄色い輝きで蓋をする。ああここで初めて、彼のオムライスは完成したのだと私は理解した。
「た、食べても、よいでしょうか……?」
ふと、不安になって問い掛ける。顔を上げた彼の表情は、やはり呆れ顔。
「いや、食えよ普通に。遠慮とかしなくていいから。そういう約束なんだし」
──約束。
そう、私たち二人は、ある「約束」を交わしているからこそ──今ここに座っている。それはひどく単純で、けれど難解な、よくわからない約束だった。
そもそも私は、目の前の“彼”の事をよく知らない。親戚ではないし、友達でもないし、もちろん恋人でもない。彼について知っている事と言えば、髪が黒くて、緩めのパーマがかかっていて、顔と目付きはちょっと怖くて、ついでに態度もちょっとだけ怖い、お隣さんだって事ぐらい。
……ああ、あとそれから。
「……っ、おいふぃ!」
「ふはっ……、口一杯に頬張って喋んなよ。リスかよお前」
「でも、これ本当においしっ、ごほ!」
「あー、ほら、喉詰まらせてっから。飲み込んでから喋れ」
呆れたように、でも少し嬉しそうに彼は笑って、私に麦茶を手渡してくれる。
そう、私が彼について知っているもう一つの事。それは、彼の作る料理がとっても美味しい、という事だ。
「……お前いつも感想、美味しいってそればっかだな」
「だって、美味しいから……」
「……あっそ、そりゃどうも」
彼は首の後ろを掻きながらそっぽを向いた。照れているのかな、なんて考えながら私は麦茶で喉を潤し、多分照れ隠しに目を逸らし続けているのであろう彼の横顔を見つめる。
最初のコメントを投稿しよう!