04 - お花見サンドイッチ

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(……私もこんな風に、茶色くなって、カラカラに乾いて、見えてたのかな)  ごめん、と。  何の悪びれも無さそうに、その一言だけが放たれたの光景が頭の中に蘇る。  私はその場にしゃがみ込み、乾いた桜の欠片を片手でそっと掬い上げた。  この花びら達はもう、誰の目にも留めてもらえない──。 「──ハナコ!」 「!」  ふと、耳に届いた鋭い声。ぎく、と思わず肩を揺らした直後、強く腕を引かれて私は反射的に顔を上げる。その視線の先でこちらを見下ろしていた彼は、焦ったような表情で私の目をじっと見つめていた。  まずい、とすぐに直感して、私は強引に笑顔を作る。 「え、えと……ど、どうしました?」 「……」  彼はカーディガン越しに私の腕を掴んで黙り込んだまま、じっとこちらを見つめていた。その瞳がやけに真剣みを帯びていて、逆にこちらの視線が泳いでしまう。  暫く黙って私の腕を捕まえていた恭介さんだったが、やがてゆるゆるとその手を離した。彼は「ごめん」と小さくこぼして、そっと私から目を逸らす。 「……、今のはカーディガンしか触ってないから、セーフな」 「……」 「早く立てよ。置いてくぞ」  彼は早口で捲し立て、ぱっと踵を返すと再び歩き始めた。私は手の中からこぼれ落ちた花びら達に一瞬目を向け、その場に立ち上がる。  ──決まりごと。  私たち二人の間には、毎日一緒に晩ご飯を食べるという『約束』以外に、『決まりごと』といういくつかのルールが存在する。  ご飯を食べるだけとは言え、年頃の男女が一つ屋根の下で同じ時間を過ごすわけだから、と恭介さんが考案したものだ。  決まりごとと言っても、大した内容ではない。  1、期限日まで「約束」は必ず守ること。  2、お互いの体に触れないこと。(やむを得ない場合は除く)  3、自分が答えたくないと思った質問には、答えないこと。  大きく分けてその3つが、私たち二人の「決まりごと」である。そのうちの“2”に該当する、「お互いの体に触れない」というルールが、先ほどのは『カーディガン越しだったからセーフ』だと彼は主張しているわけで。 「……別に、これくらいで咎めたりしないのに」  ぽつり、私はか細く呟いて彼の後を追いかけた。几帳面な彼は、こういうところでも細かく気にしてしまうらしい。絶対A型だろうなあ、とぼんやり思いながら、私は目の前の猫背がちな背中を見つめていた。
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