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05 - 茶碗蒸し
居酒屋テトラ。閑散とした住宅街の一角にぽつんと建っているこの小さな店は、決して人通りの多くないこの通りでも何故か人が入る、知る人ぞ知る隠れた名店的な存在である。夜は勿論、昼間もランチ営業が行われていて、私はどちらかと言うとランチの時間帯にバイトに入る事の方が多かった。
今日もまた、言わずもがな。
「おはようございます」
「あ、絵里子ちゃん! おはよーございまーす!」
裏口の扉を開ければ、同じアルバイト仲間の浅葱 百花さん、通称モモちゃんが明るく私を出迎えてくれた。髪の毛はブリーチして色を全抜きしたみたいな金髪で、だけど下品じゃなくて、顔にはしっかりとメイクを施している。言わば、THE・イマドキの女の子。
何やら美容専門学校に通っているらしく、普段の服装や髪型のレパートリーがすごく多くて、つまり全体的にオシャレさんだ。トレーナーとスウェットだけで日がな一日を過ごす私とは完全に対極である。
ちなみに、彼女は私の1つ歳上。調理担当の藤くんと同じ歳らしい。
「絵里子ちゃん、最近夜バイト入った?」
そんな浅葱さんの質問に私は暫く考え込んだあと、「二日前に一度入りましたよ」と答えた。すると彼女は続いて「翔ちゃん、何か言ってた?」と尋ねてくる。
翔ちゃん、というのは藤くんのことだ。
彼の本名は藤 翔人くん。バイト歴の長い人達からは、翔くん、とか翔ちゃん、と呼ばれているらしい。
それはそれとして、私は彼女の質問の意味がいまいち咀嚼できず、再び考え込んでしまった。
「……えっと……何かって、浅葱さんのことを何か言ってたか、ってことですか?」
「んー、私のことも気になるけど、絵里子ちゃんにどんな話するのかなって」
「え? 私に?」
ますます意味が分からず、私は首を傾げてしまう。どんな話、と問われても、ただのバイト仲間なのだからほとんど仕事内容の話しかしてない気がするけれど……。
「普通に、仕事のやり方とか、お酒の作り方とか、そういう話はしますけど……」
「え、ほんと? あれえ、勘違いかなあ」
「勘違い?」
浅葱さんは顎に手を当て、うーん、と何かを考え込んでしまう。ややあって、じっと私に視線を向けた。
「いや、私の勘なんだけどね? 翔ちゃんって、絶対絵里子ちゃんのこと好きだと思うの!」
「……、ど、ぅええ!?」
思いがけない発言に私は声を裏返して叫んでしまった。「声でかっ!」と笑う浅葱さんの言葉にハッと口元を手で塞ぐも、彼女がなぜそんな突飛な発想に至ったのか全く理解出来ず、私はおずおずと声を潜める。
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