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「そ、そんなわけないじゃないですか……! あの藤くんが、わ、私なんか……! 化粧っ気もないし、オシャレでもないのに……!」
「えー? でも翔ちゃん、絵里子ちゃんのこといつも見てない?」
「そ、それは、私がまだ入りたてで、色々と危なっかしいせいでは……」
「いやまあ、それはそうなんだけど、何ていうかさぁ、そういうのじゃなくて~……」
うーん、と再び浅葱さんは顎に手を当てた。その後、「ほら、なんか熱い視線的な?」と曖昧な言葉を投げ掛けてくる彼女に、私は苦笑いを返すしかない。
「……う、うーん、それは無いかと……」
「え〜、絶対好きだよ。少なくとも、翔ちゃんって絵里子ちゃんみたいな素朴な女の子がタイプだと思うんだよねえ。飾りっ気が無くて、なんか危なっかしい感じの」
「は、はぁ……」
それって、あまり褒め言葉ではない気がするけど……、と少し思ったが、浅葱さんに悪気は無さそうなので黙っておく。仮に、藤くんが本当に万が一、いや億が一の奇跡的な確率で、私の事が好きだったとしてもだ。
彼の隣を「カノジョ」として歩く権利など、私にはない。
「……と、とにかく! 藤くんは、全くそんなつもりはないと思います!」
「え〜、でも絵里子ちゃん、満更でもないでしょ? 顔真っ赤」
「こ、これは体質なのです!」
「はいはい二人とも、お喋りはその辺にして、そろそろお仕事しようね」
ふと、二人の会話にオーナーである手塚さんの声が割り込んだ。私は冷や汗を流して「す、すみません!」と即座に謝ってしまったが、浅葱さんは不服気に唇を尖らせ、「えー、いいとこだったのにぃー」とわざとらしく拗ねた表情を作っている。手塚さんは困ったように微笑みつつ、「でも、もうすぐ開店しちゃうんだもん」と続けた。浅葱さんはふぅ、と溜息を吐き出し、長い金髪をヘアゴムで一つに縛る。
「うーん、しょうがない! いっちょ気合い入れて仕事しますか! モモちゃん、出動っ!」
「おっ、いいねモモちゃん、やる気いっぱい」
気合十分にスタッフルームを出て行った彼女を見送り、私も慌ててエプロンを腰に巻き付ける。そんな中、オーナーがニッコリと微笑んで私に一言囁いた。
「……別に、うち、恋愛禁止とかじゃないから。好きに恋愛していいんだからね?」
「えっ!?」
「あ、こういうのってもしかしてセクハラになるのかな……。やっぱ聞かなかったことにして〜」
そうは言いつつ、手塚さんはニヤニヤと楽しそうに微笑んでいる。私はかあっと熱くなる頬を押さえながら、「か、からかわないでくださいよぅ……」と吐き出すのが精一杯なのであった。
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