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アパートへと辿り着いた私達が部屋の扉を開けた瞬間、鼻腔に入り込んで来たのはおいしそうな匂いだった。
お出汁と、それからお醤油だろうか? 室内に満ちる懐かしい香り。
「炊き込みご飯ですか?」
「お、鋭いな。ちなみに何の炊き込みだと思う?」
「え? ……うーん……」
恭介さんはにやにやと笑いながらお鍋を火にかけ、中身をかき混ぜている。その隣のコンロでもお鍋を火にかけているようだが、そちらの蓋は閉められたまま。私は暫し考え込み、ややあってようやく答えを出した。
「……舞茸!」
「ブッブー、違います」
「じゃあ、しめじ!」
「それも違う」
「んー……! えのき……!?」
「違う。てか何で全部キノコなんだよ」
彼は小さく笑って、「他にもあるだろ色々」と呆れたようにこぼした。むう、と唇を尖らせる私の横をすり抜け、彼は保温状態になっている炊飯器の蓋をカチリと開ける。
「……あ!」
「この時期と言えば、これだろ?」
ふんわり、白い湯気と共に美味しそうなお出汁の香りが空気に溶けた。程よく色付いたご飯に混ざり、細かく刻まれた人参、油揚げ、しいたけと共に堂々たる面持ちでそこに居たのは。
「たけのこ!」
「そ。たけのこご飯」
に、と恭介さんの口角が上がる。しゃもじで中をかき混ぜれば、おいしそうな香りを閉じ込めた湯気がふわふわと空気に溶けた。途端に私のお腹はぐう、と音を立てる。
「私、たけのこ大好きです!」
「へえ、その割にはさっきキノコの名前ばっか出してたじゃん。てっきりキノコ派かと思った」
「う……! き、キノコも好きですけど! 私はタケノコ派です!」
「ふーん、俺はキノコ派だけどな」
にや、と弧を描く彼の口元に対し、私はむむむと眉根を寄せた。キノコ派タケノコ派って、食材のことだよね? お菓子の話じゃないよね? と、そんなどうでもいい考えを巡らせている間に彼はたけのこご飯を茶碗によそい始める。
「色はいい感じだな。味見してないけど」
「絶対美味しいですよ! 恭介さんの作った料理がまずかったことなんか一度もないです!」
「……ハードル上げるのやめてくんない?」
気まずそうに視線を逸らした彼は、よそったご飯を持って一度キッチンに戻って行った。とんとんとん、と包丁の音が心地よく響いた後、ご飯の上には三つ葉が散っていて。
「わ、急にオシャレに!」
「……オシャレか? 三つ葉散らしただけだろ」
「美味しそうなハードルが爆上がりです!」
「……それは確かに」
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