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あんまり見た目にこだわるとハードル上がっちまうよな、と恭介さんは顎を引いた。盲点だったと言わんばかりの顔だが、彼の性格上、今後も見た目と食器に並々ならぬこだわりを追求してしまうであろうことは目に見えている。
私は恭介さんから二人分のお茶碗を受け取り、テーブルへと運んだ。「座っといていいのに」と彼は言うけれど、私の方がおそらく年下だろうし、少しぐらいお手伝いしないと。
「他には何を作ったんですか?」
ひょっこり、鍋をかき混ぜている彼の背後から顔を出す。鍋の中で煮込まれていたのは、美味しそうな煮物だった。
「美味しそう!」
「筑前煮。せっかく大量にタケノコ貰ったし、どっちにしろ早めにアク抜きしねーといけねーから、思い切って大量に使ってみた」
「給食の匂いがします!」
「いや何で給食?」
お前時々変なこと言うよなあ、と彼は呆れながら火を止め、用意していた食器にほかほかの筑前煮をよそう。鶏肉、人参、こんにゃく、ごぼう、しいたけ、レンコン、絹さや、そしてタケノコ。煮物って地味なイメージだけれど、色々具材が入っていると意外と彩り鮮やかだ。恭介さんが上手なのかな。人参は形が崩れてないし、絹さやも青々と色が映えて瑞々しい。
「このタケノコ、こんなにたくさん誰から貰ったんですか?」
筑前煮をテーブルに運びながら問いかける。と言うのも、近くのローテーブルに置かれている大きな鍋の中にはアク抜きされたまま使われていないタケノコが何本か放置されているのだ。
恭介さんはもう一方のコンロの火を弱め、「あー、それね」と口を開く。
「お向かいの婆ちゃんがくれた。橋田さん」
「えっ、また橋田さんですか? 家庭菜園やってるって言う……?」
「そうそう。なんか畑以外に山も持ってるらしくてさ。タケノコ大量にあるって言うから貰ったんだよ」
「や、山まで……」
畑も山も持ってるなんて、あのお婆ちゃんは一体何者なのだろうか……? と、いまだ直接的な面識のない橋田さんに密かに戦慄してしまう。そんな橋田さんと妙に仲の良い恭介さんもちょっと謎だけど。
そんなことを考えていたら、「ハナコ」と彼が私を呼んだ。
「はい」
「もう出来るから座って待ってて。あと麦茶出しといてくれたら助かる」
「わかりました!」
力強く頷いた私はすぐさま踵を返して冷蔵庫へと向かった。そんな私の背後で、カチリとコンロの火を止める音が響く。ただでさえぐうぐうと空腹を訴えていたお腹が、待ちきれないとでも言うように一層大きな音を立てた。
「おい、うるせーぞ腹ペコ虫」
「む、虫じゃないもん……!」
顔を真っ赤に染める私にくつくつと喉を鳴らし、彼はお鍋の蓋を開けたのだった。
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