503人が本棚に入れています
本棚に追加
彼の質問に、私は黙り込んでしまった。
食事の手を止め、そっと視線を落とした私の顔色を逸早く察したのか、恭介さんはハッと息を飲んで即座に声を張る。
「──ごめん! やっぱ今のなし!」
「……、え? あ……いえ、あの……」
「“言いたくない質問には答えない”! ……それが3番目のルールだから、答えなくて良い」
恭介さんはバツの悪そうに吐きこぼし、席を立った。「ごちそうさま」と呟き、空いた茶碗を持って、彼はキッチンへと歩いて行く。
私はただ俯いて、手元の茶碗蒸しを見つめていた。
(……答えられなかった)
そんなつもりじゃ無かったのに、と目を伏せる。感じ悪かったかなあ、と後悔しても、もう遅いんだけど。
その時不意に、絵里子ちゃん、と私の名前を呼ぶ優しい両親の笑顔が脳裏を過ぎった。いたって普通の、どこにでもいるお父さんとお母さん。けれどそんな二人の顔は、私の頭の中でぼやぼやと滲むようにぼやけて行って。
『──あなたのせいよ! あなたがちゃんと絵里子に構ってあげなかったから!!』
──あの時の、ヒステリックな叫び声に変わってしまう。
『はあ!? 何言ってるんだ、俺のせいだって言うのかよ! お前がちゃんと見ておかなかったからだろ!』
『私はずっと絵里子に寄り添ってあげていたわ! あんな子になったのはあなたのせいだとしか考えられない!!』
『俺だって働きながら家族との時間を作ってやっただろ! 誰の稼ぎで生活できてると思ってんだ!?』
『私だって働いてるのよ! それに私、知ってるんだからね! あなたが部長の奥さんと──』
『もう、やめてよ! お父さん、お母さん! お姉ちゃんに聞こえちゃうよ……!』
『あんたは黙ってなさい! もういいのよ、あんな親不孝な子……!』
──うちには必要ないわ……!
「──ハナコ」
ハッ、と目を見開く。
呼び掛けた恭介さんの声によって、私は現実に引き戻された。慌てて顔を上げれば、彼は気まずそうにそっぽを向いたまま、手に持った何かを私に差し出している。
その手に握られていたのは──コンビニに売ってある、ちょっとお高いアイスクリームで。
「……デザート……その……、やる」
「……」
目を合わせることなくぼそぼそと呟く彼の姿に、私は一瞬ぽかんと呆気に取られてしまった。先ほどの質問のお詫びのつもりなのだろうか。別に嫌なことを言ったわけでもないのに、律義な人だなあ。……そう考えていたら、じわじわと笑いが込み上げてくる。
「……ふふ」
最初のコメントを投稿しよう!