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いつもならお出汁の匂いとか、大きなお鍋でコトコト煮込む音とか、そういうのでどんな料理を作っているのか何となく分かるのに。今日は彼が一体何を作ろうとしているのか、まだよく分からない。ちらりとキッチンを見ると、何やらたくさんの野菜が切って並べてあることだけは分かった。
人参、ブロッコリー、アスパラ、スナップエンドウ、セロリ、カブ……あ、パプリカまである。彼の背後から不思議そうに眺めている私の視線に気が付いたのか、恭介さんは「今日のは多分難しいぞ」と微笑んだ。
「……難しいんですか?」
「ハナコが今まで一度も食ったことないやつかも」
「ええ……! パエリアとか……!?」
「え、パエリア食ったことねーの? 作ってやるよ今度」
意外そうに目を丸めた恭介さんがさらりと言う。え、そんな簡単に作れるものなのパエリアって、と今度は私が目を丸めてしまった。あんまり馴染みのない料理でもあっさり「作ってやる」って言えるんだから、やはり彼はすごいと思う。
「……で、あの、正解は……?」
「ん?」
じっと恭介さんを見上げると、彼は悪戯っぽく口角を上げた。あ、また少年みたいな顔。
「内緒。出来た時のお楽しみ」
「えー……」
「いいから座ってろ。……あ、そうだ。今日、あっちの部屋で食うから」
「へ?」
きょとん、と私は瞳を瞬いた。彼の言う「あっちの部屋」とは、襖の奥にある彼の寝室のことである。
普段は今いる部屋のテーブルに料理を並べて食事をしているのだが、何故だか今日は奥の部屋で食べるらしい。きょとんとしたまま首を傾げる私に、小鍋を片手に持った彼が半笑いで口を開いた。
「何で? って顔してんな」
「え、だって……。そもそも、あっちの部屋って入っていいんですか?」
「いいよ別に。変なもんとか無えし。……多分」
「多分……?」
「いや、無い無い無い。……でも漁んなよ!」
「漁りませんよ……」
恭介さんは慌ただしく念を押す。おそらく何か疚しいものを隠している、なんてことが無くも無いんだろうけど、流石に他人の寝室を勝手に物色したりはしないからそこは安心して欲しい。
私は頷き、「じゃあ、あっちで待ってますね」と一言断って彼に背を向けた。「なんか適当に座ってて」と言う彼の言葉に頷きながら、ぺたぺたとフローリングの上を歩いていく。
自分の部屋と同じ間取りの1DK。
これが私の部屋であれば、この襖を開けても、薄っぺらい布団と小さいダンボールが1箱置いてあるだけだ。
そっ、と襖を開けてみる。薄暗い空間からは、ひんやりとした空気に混じって少しだけ煙草の匂いがした。電気のスイッチをカチリと押せば、暗かった部屋が明るさを取り戻す。
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