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「そ。今日借りてきたDVD、どうせなら一緒に見ようと思って」
彼はそう言ってリモコンの再生ボタンを押す。すると早速──何の映画なのかよくわからないまま──予告編が始まってしまった。
私は戸惑いつつも座椅子の上に腰を下ろし、じっと画面を見つめる。そうしている間に、彼はローテーブルのド真ん中に置かれた謎の機械に設置されたキャンドルに火をつけていた。
「……なんですか? これ」
「これ? ……正式名称は知らねーけど、多分チーズフォンデュ機? っていうのかな。小鍋をセットして、下のロウソクで温めて、チーズフォンデュ作るやつ。らしい」
「ああー! なるほど!」
ぽん、と納得して手を叩いた私だったが、どう見てもセットされた小鍋の中身はチーズではなかった。オイルっぽいけれど、香りは焦がしニンニクとお魚のフレークを混ぜたみたいな美味しそうな匂いで、見た目はトロッとして薄茶色。だけど匂いはマヨネーズとも違うし、マスタードでもないし、一体なんだろう、これ。
「それ、バーニャカウダソース」
「ばーにゃ……?」
「やっぱ知らねーか。アンチョビとニンニクを、生クリームとかオリーブオイルで煮込んだソース。野菜付けて食うんだよ」
「ふーん……?」
彼の説明を聞いてみても、いまいちピンと来なかった。そもそも「アンチョビ」って何なんだろう。愉快な名前だな、アンチョビ。
こてん、と首を傾げる私のことは差し置いて、恭介さんは他の料理の説明に移ってしまう。
「こっちは砂肝のコンフィ。で、あれがナスとズッキーニのマリネ。それからこっちはガーリックトースト。足りなかったら、余った材料でペペロンチーノ作れるから言って。とりあえずテーブルに乗る分だけ作ったから」
「は、はい……、はい……?」
矢継ぎ早に説明されてしまってよく分からないが、とりあえず今日の料理はオシャレフレンチのお店で出てくるそれに違いないということだけは分かった。だって見たことないもの、こんなの。こんがりと焼き色のついた目の前のガーリックトーストが、私の知識量で理解できるギリギリの範疇である。
瞳をぱちぱちと不思議そうに瞬いている私に苦笑をこぼして、彼は先に手を合わせる。それに続くように私も手を合わせて、いつもの合図が交わされた。
「いただきます」
隣同士でその言葉を唱えるのが、なんだかむず痒く感じてしまう。
だって普段なら向かい合わせで食べているはずなのに、今日はすぐ隣にいるし、なんだか距離感も近いし、部屋が違うのもなんだかそわそわするし。異性への免疫が著しく乏しい私はつい緊張してしまって、いつもの「いただきます」の挨拶ですらもこじんまりと済ませてしまったのであった。
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