06 - バーニャなんとか

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(……お、美味しすぎる……! え、天才……!? この人もう天才だよね……!?)  騒がしい私の心の叫びなど知る由もないであろう恭介さんは、じっと真剣な表情で画面の中の俳優を見つめている。  そんな彼の横で感動的な舌鼓を打っている私は、とうとうナスとズッキーニのマリネにも手を伸ばしてしまった。それらを取り皿に移し、流れている映画になど目もくれず、私はナスにフォークを突き刺して口へと運ぶ。  一度素揚げしてあるのか、口に運ぶ前からとろとろなのが分かってしまった。ひんやり冷たいナスが、やはりとろとろと口の中で蕩けていく。上品な酸味。幸せな気持ちが胸に満ちて、思わずニヤけた。私が犬だとしたら、今頃尻尾をぶんぶんと振り回していることだろう。  全部美味しい。超絶に美味しい。  しかし。  たった一つだけ、なかなか私の手が伸びないものがあって。 (……パプリカ……)  並べられた野菜の中に居座る、黄色いそいつを睨みつける。私はピーマンがこの世で一番嫌いだから、形の似ているパプリカもあまり好きではない。  味はピーマンより甘いと、頭では分かっているのだ。でもなかなか、一度染み付いた価値観は覆せないもので。  ……でも。 (……でも、今なら……!)  恭介さんの作った料理なら、もしかしたら。  いけるかもしれないと、一人静かに覚悟を決め、私は恐る恐るとパプリカにフォークを伸ばした。さく、と貫かれた黄色い天敵を持ち上げ、ぐつぐつと煮込まれたバーニャなんとかの海に(いざな)う。  そのまま口の前まで運んで──ぱくり、一口。意を決して放り込んだ。 (……う……)  しゃくしゃくと、瑞々しいそれを噛み砕く。やはり、味はどう足掻いても若干のピーマン感が否めない。しかしその中にアンチョビとニンニクの風味が混ざって、舌に残る苦味を掻き消して。  ……あれ? (食べれない、ことも、ない?)  ごくん。  世界で二番目に嫌いなそれを飲み込んで、私はぱちりと瞳を瞬いた。すると不意に、真横から視線を感じて。 「……えらい。食えたじゃん」 「……え」 「お利口さん」  ふ、と優しく目を細め、恭介さんが私に囁く。そのままふい、と逸らされてしまった視線は再び映画へと移ってしまったが、私は頬に熱が上がってくるのを感じていた。 (……ほ、褒められた……)  ──えらい、なんて。そんなこと言われたの、いつ以来だっけ。  子どもの頃はよく言われていた気がするけれど、ここ数年はめっきり言われたことがなかったような。  だって、いつも、「えらい」はのもので。「頑張れ」が、私のものだったから。 『えらいね、リツカちゃんは』 『そうだな、リツカはえらいな』
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