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(……お、美味しすぎる……! え、天才……!? この人もう天才だよね……!?)
騒がしい私の心の叫びなど知る由もないであろう恭介さんは、じっと真剣な表情で画面の中の俳優を見つめている。
そんな彼の横で感動的な舌鼓を打っている私は、とうとうナスとズッキーニのマリネにも手を伸ばしてしまった。それらを取り皿に移し、流れている映画になど目もくれず、私はナスにフォークを突き刺して口へと運ぶ。
一度素揚げしてあるのか、口に運ぶ前からとろとろなのが分かってしまった。ひんやり冷たいナスが、やはりとろとろと口の中で蕩けていく。上品な酸味。幸せな気持ちが胸に満ちて、思わずニヤけた。私が犬だとしたら、今頃尻尾をぶんぶんと振り回していることだろう。
全部美味しい。超絶に美味しい。
しかし。
たった一つだけ、なかなか私の手が伸びないものがあって。
(……パプリカ……)
並べられた野菜の中に居座る、黄色いそいつを睨みつける。私はピーマンがこの世で一番嫌いだから、形の似ているパプリカもあまり好きではない。
味はピーマンより甘いと、頭では分かっているのだ。でもなかなか、一度染み付いた価値観は覆せないもので。
……でも。
(……でも、今なら……!)
恭介さんの作った料理なら、もしかしたら。
いけるかもしれないと、一人静かに覚悟を決め、私は恐る恐るとパプリカにフォークを伸ばした。さく、と貫かれた黄色い天敵を持ち上げ、ぐつぐつと煮込まれたバーニャなんとかの海に誘う。
そのまま口の前まで運んで──ぱくり、一口。意を決して放り込んだ。
(……う……)
しゃくしゃくと、瑞々しいそれを噛み砕く。やはり、味はどう足掻いても若干のピーマン感が否めない。しかしその中にアンチョビとニンニクの風味が混ざって、舌に残る苦味を掻き消して。
……あれ?
(食べれない、ことも、ない?)
ごくん。
世界で二番目に嫌いなそれを飲み込んで、私はぱちりと瞳を瞬いた。すると不意に、真横から視線を感じて。
「……えらい。食えたじゃん」
「……え」
「お利口さん」
ふ、と優しく目を細め、恭介さんが私に囁く。そのままふい、と逸らされてしまった視線は再び映画へと移ってしまったが、私は頬に熱が上がってくるのを感じていた。
(……ほ、褒められた……)
──えらい、なんて。そんなこと言われたの、いつ以来だっけ。
子どもの頃はよく言われていた気がするけれど、ここ数年はめっきり言われたことがなかったような。
だって、いつも、「えらい」は彼女のもので。「頑張れ」が、私のものだったから。
『えらいね、リツカちゃんは』
『そうだな、リツカはえらいな』
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