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『絵里子ちゃんはお姉ちゃんなんだから、もっと頑張らないと。リツカのお手本にならなきゃ』
『絵里子、お前は頑張れば出来る子なんだから』
一瞬、脳裏で困ったように微笑む妹の顔が過った。悪意のない両親の言葉と一緒に。
リツカはいつだって、私に気を遣ってた。リツカは何も悪くないのに、いつも申し訳なさそうな顔で私を見てた。どうしてリツカがそんな顔するのって、ずっと不思議に思ってた。
私は、リツカに怒ったことも、責めたりしたこともないのに。
──えらい。食えたじゃん、お利口さん。
「……」
ああ、でも、こんな簡単に。
言ってもらえる言葉だったんだなあ、「えらい」って。
「……ふ、……」
思わず目頭が熱くなって、私は咄嗟に俯いた。映画に集中している恭介さんには幸い気付かれていないみたいで、ホッと胸を撫で下ろす。
ああ、なんか、なんだろ。
なんだろな。
(情けない、な)
満たされていく、からっぽのお腹をぎゅっと抱きしめる。
俯いた拍子にうっかりこぼれ落ちた群青の塊を手のひらで掬い取って、私は色んな感情を誤魔化すように、再びバーニャなんとかにフォークを伸ばした。
美味しい味が口の中に広がって、また一つ、お腹の奥が満たされていく。
──頑張れ、私。
そう心の中で呟いて顔を上げた。
だって、その言葉の方が、私はきっと得意だから。
* * *
──結局、恭介さんが一体何の映画を観ていたのか、私には最後まで分からずじまいだった。帰り際、「なんか体調悪い?」と彼に聞かれたけれど、ちゃんと笑って「また明日」って告げられた。
満たされたお腹と一緒に、何もない部屋へと帰って行く。生ぬるく流れた風が、バラバラで滅茶苦茶な私の短い髪の毛先を揺らしたけれど、もう涙は出なかった。
こうやって一つずつ満たされて、だけどその度に、また一つずつ時間が欠けて行く。
きっと、多分、それで良い。
それで良いのは分かっているのに、やっぱりずっと心のどこかで──まだ欠けないでって、言っている気がして。
「……もう少しだけ、待っててね」
何もない、からっぽの部屋の中。
畳に置かれた一眼レフのカメラを手にとって、私はぽつり、囁きかけるように呟いた。
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〈本日の晩ご飯/バーニャカウダ〉
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