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07 - 水族館にいこう
5月3日、午後12時15分。
ピンポン、とインターホンが鳴り、私は慌ただしくフローリングの床を蹴る。鳴らないスマートフォンをポケットに。お財布と最低限の化粧品はリュックに。それぞれ詰めて、そのまま外へ飛び出した。
「はい!」
「うおっ!」
勢いよく玄関の戸を開けた私に、恭介さんは目を丸めて声を漏らす。どうやら驚かせてしまったらしい。慌てて「ごめんなさいっ……!」と謝れば、彼は呆れたように私を見下ろした。
「……朝から元気だな、お前」
「はっ……! すみません……! 控えます……!」
「いや別にいいんだけどさぁ……。それより、もう出れる?」
「あ、はい! いつでも!」
しゃきっ、と背筋を伸ばして答えれば、恭介さんは微笑んで「じゃあ行こうぜ」と先に背を向ける。カン、カン、とアパートの階段を降りて行く彼の背中を眺めつつ、私は部屋の扉に鍵を掛け、彼を追って階段を駆け降りた。
ゴールデンウィークも後半に差し掛かった今日、5月3日。私と恭介さんは、今から二人で水族館へと向かうのだ。
親族以外の異性と二人きりで遠くへ出掛けるなんて、生まれて初めてかもしれない。
そんなことを考え、些か緊張しながら階段を降りると、恭介さんが駐輪場のトタン屋根の下で一台の黒いバイクに跨って私を待っていた。
「はい、これ」
「え?」
ぽかん、と呆気にとられた私に手渡されたのは、クリーム色のヘルメット。それを受け取って、私はじっと彼を見つめる。
「……何ぼーっとしてんの。早くそれ被って乗って、後ろ」
「え!? バイクで行くんですか!?」
「え、だってレンタカーだと返したりすんのダルいし……」
バイク持ってんだからそっちの方がいいだろ、とさも当然のように彼は言い放った。私はおろおろと視線を泳がせ、空いているバイクのシートを見つめて顔を青ざめる。
(え、ば、バイクなんて乗ったことない……!)
どうやって乗ればいいのだろうか。ひとまず私はヘルメットを被るが、顎に伸びた紐の締め方すらよく分からない。ヘルメットを被る、という基本的な作業にすらもたつく私に、呆れ顔の恭介さんは溜息を吐いて手を伸ばした。
「何してんだよ、これをこの穴の中に通せばいいだけだろ」
「……あ、す、すみませ……!」
「ったく……」
かちゃかちゃと、私の代わりにヘルメットの紐を締めてくれる恭介さんの手。ほんのりと煙草の香りがして、少しドキドキする。すると不意に、紐を締める彼の手の甲がぴとりと私の顎に触れた。
「っあ、やべ……!」
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