The world is over

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 指先の世界を再び凝視する。だが、視界を埋めるのはただ美しいだけの景観だ。昔よく見ていた、あの大空と何ら変わりない。 「……それで、貴方は私に何を伝えたかったの?」 「まぁ、これは提案なんだがな。この星から逃げないか、と」  視線が落ちる。向かいの彼は、右手を私の手に添えていた。温度と眼差しに、嘗ての恋心が濃く蘇る。  しかし、今は他者の妻であるのだと冷静を装った。他人を演じ、ただ話題に興じる振りをする。 「逃れる術があるの?」 「一応」  頷くと、彼は出し惜しみなく術を語りだした。それこそ、嘘か本当か分かったものではないが。 「政府にも秘密で、大気圏を越えられるロケットを作ってある」 「そういうこと……」  懐かしき日々の、甘酸っぱい感情を思い出す。二人の未来を、まだ苦難の中に描いていた頃の物だ。  あの頃に戻り、再びやり直そうと彼は誘っているのかもしれない――駆け落ちしよう、と。  ウェイターが、決まり文句を携え注文の品を運んできた。目に麗しい食材が、最後の晩餐を彷彿とさせる。いや、その積もりなのかもしれないが。  彼はワインを一口含み、ブロックチーズも一つ摘まんだ。味わうようにして時を楽しんでいる。  そんな様子を見ていると、滅亡の話が本当に唯の話題にしか聞こえなくなってきた。いや、最初から信じてはいないが、余裕が一層戯言味を濃くするのだ。 「ありがとう、でも止めておくわ。誘ってくれたのは嬉しいけれど、家族を置いて一人だけ行けないもの」  きっぱり答えると、彼は苦笑いした。ニヒルでも悲嘆でもない、ただただ残念そうな苦笑だ。最初から回答を見据えていた、とでも言いたげな爽やかさである。 「そうか、君には旦那も子どももいるもんな。きっぱり答えてくれる、そう言うところ好きだよ」  本心を言えば、悔いのある選択だ。どうしたいか率直に告げるならば、死にたくはないし彼と共に地を去りたい。  しかし、それは滅亡が事実ならの話である。正直、信じきれていないのに肯定なんて出来っこない。
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