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生まれた時はもてはやされた。
造形美だと。
風を動力に動く新しい生物だと。
法則性のない風が始終吹いている巨大な空間。
その中で右に左に前に後ろに動く自分。
それを眺める大勢の観客。
小さな模型を親にせがむ子供達。
たくさんの歓声が聞こえたその場所から徐々に声が減って行くのを脳のないそれは思考能力のない感覚器で感じ取っていた。
いつからだろう。
そしてどれ程の時間がたっただろう。
声がなくなった。
風が吹かなくなった。
いつから風が途絶えたのか。
風がなければ自分は動くことができない。
脳を持たない故に思考することもない。
何もない無ということだけを感覚器が全身に知らせるだけ。
そして。
風。
ひそやかな。
ささやかな。
そして穏やかな。
風を感じるのはどれくらいぶりだろうか。
最後の食事からどれほどたったのだろうか。
小さかった風は少しずつ大きくなった。
そしてまた足が動いた。
何本もの足が絡まることなく優美な軌道を描く。
そして。
壁に当たった。
初めての感覚だった。
かつてはどれほど強い風が吹こうとも絶妙な間で逆風が吹き壁にぶつかることなどなかったのに。
ーーどうしたことか。
感覚器が疑問を持った。
風が吹く。
止まる。
風の向きは様々。向きも様々。それはかつてと変わらない。
ただ壁に当たる。
なんども壁に当たる。
強く当たるときもあれば触れる程度の時もあった。
壁。
そしてまた時は進む。
風が吹いている。
あぁ、このまま吹き続けたら壁に当たるんではなかろうか。壁に。
感覚器がその衝撃に備えようとしたその時壁があったはずのその場所をそれはすり抜けた。
風。
風をはらんでどこまでも進める。
硬かったはずの床が気付けば柔らかい。
つま先が軽く沈み込む感覚。
風が吹く。
どこまでもどこまでも進む。
強い風は細かな砂を含んで熱い。
それは熱さを感じることはできなかったが感覚器がこれは熱いということなのだと告げている。
熱い。
乾いた風。
風に押されどこまでも進む。
進んで、進んで、ふと風がやんだ。
そしてしばらくぶりの穏やかな風。
声が聞こえた気がした。
歓声。
かつて自分が受けた喝采。
その時隣にいた人間。
ーーお母さん。お父さん。
あれは子供という種類だ。
小さい人間。
小さい人間はよく笑った。
自分に触りたがり、形の違う仲間を押すのを喜んだ。
その子供の隣にいつもいた大きな人間。
小さな人間が呼んでいたーーお母さん。お父さん。
思い出。
感覚器は記憶機でもあったのか。
それはふと思考した。
ーー思考?
これは思考と呼ばれるものなのだろうか。
止まっていた風が吹き出した。
ひときわ強い風が背中を押す。
そうだ。
お父さんを探しに行こう。
お父さんを見つければきっとこのーー思考ーーがなんなのか教えてもらえるはずだ。
風が吹く。
強く。強く。
どこまでもそれの背中を押す。
風が、強くそれの背中を押す。
どこまでも。どこまでも。
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