一度もみたことない

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 緑の濃い森の中に、大きなくぬぎの木があった。その節の一つに小さなドアがついていて、いつも灯りがともっていた。部屋では 小さな小さな女の子が暮らしていた。赤いリボンをつけた三つ編みとワンピース、お気に入りの擦り切れたエプロンがトレードマークだ。おてんばで好奇心のかたまり、楽天家でロマンティック。ひとりで起きてひとりで眠る。気づいた時には話し相手は自分自身だけになっていたが、寂しい、と感じるのも忘れるほど、自分の内面はおしゃべりだった。  女の子は毎日、木の実と蜜と少しのシナモンを食べて過ごした。あとの時間は月の光を浴びたり、擦り切れたエプロンの裾をつまんで作った大きなポケットに、星をひろい集めて歩いた。この森の上には、いつだって星が瞬いていたのだ。女の子は太陽を知らない。大きな空からたまに星が迷い落ちてくる。星は小さくてささやかに光っている。緑の濃い森の中ではそのささやかな光はあまりにも尊く、妖しげな魅力を持っていた。  女の子ははぐれた星をひろい、ランタンに入れ空に放した。ふわり、と浮かんですぐに他の星の風景に溶けていった。星はなんにも言わない。女の子もなんにも言わない。しかし、わかるのだ。お互いの居場所、帰りたい世界。他の動物にはわからない、自分のルーツ。女の子ははぐれた星をひろっては一瞬の出会いに感謝して軽やかに手放すのだ。  ある夏の近づいた夜。ずっしりとした湿り気のある夜。空には星が集まり、運河のようになっていた。女の子はくぬぎの枝に腰かけ、熱いシナモンティーをのみ、それをゆったりと眺めていた。すると、なんの前触れもなく、あまりにも突然に星が降り注いだ。ぽつりぽつり、から、どしゃぶりなほどに。女の子は慌ててシナモンティーを傍らに置き、星の元へ走った。星はまだ降り続いている。夜空がひっくり返ったように、星が森へと注がれていく。ランタンでは間に合わない。女の子は家に戻り、家の中で一番大きな盥を引きずってきた。からんからんと星が溜まっていく。瞬く間に盥には星が溢れて、光が盥をのぞきこむ女の子の顔を明るく照らした。しばらくすると盥がふわりと浮かび上がった。女の子はとっさに盥を掴んだ。盥は止まらない。女の子も一緒に浮かび上がった。星は女の子を連れて、そのまま空へ帰って行ってしまった。くぬぎの木は女の子の帰りを待ち続けた。
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